夜明けに山月記を読み返す🌘⛰🐅

1 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:13:45.80 ID:9UuBv1Cid.net
🐯・・・

19 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:22:16.17 ID:9UuBv1Cid.net

 それ以來今迄にどんな所行をし續けて來たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず數時間は、人間の心が還つて來る。

さういふ時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雜な思考にも堪へ得るし、經書の章句をも誦ずることも出來る。その人間の心で、虎としての己の殘虐な行のあとを見、己の運命をふりかへる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

しかし、その、人間にかへる數時間も、日を經るに從つて次第に短くなつて行く。

今迄は、どうして虎などになつたかと怪しんでゐたのに、此の間ひよいと氣が付いて見たら、己れはどうして以前、人間だつたのかと考へてゐた。

47 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:37:30.75 ID:UuLbal2Sr.net

中島敦の他の作品読んだことないけど他もコンプ拗らせたやつがおかしくなる感じの内容なんか?
あんまりノンフィクションぽいのは書いてなさそうやけど

31 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:27:12.34 ID:9UuBv1Cid.net

己れには最早人間としての生活は出來ない。たとへ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作つたにした所で、どういふ手段で發表できよう。

まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。

50 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:40:14.59 ID:jQhIwjJhd.net

ガイジ呼ばわりするには風情がありすぎて草
山月記はどこの文庫で買うのがええんや?

66 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:51:22.74 ID:9UuBv1Cid.net

 さて、ギラ・コシサンの妻エビルは、此の恋喧嘩[ヘルリス]を、人妻といわず、娘といわず、女でない女を除いたあらゆる村の女に向って仕掛けた。

そうして殆ど凡ての場合、相手の女を抓り引掻き突飛ばした揚句、丸裸に引剥いて了しまった。エビルは腕も脚も飽く迄太く、膂力に秀でた女だったのである。

エビルの多情は衆人周知の事実だったにも拘わらず、彼女の数々の情事は、結果から見て、正しいと言われなければならない。ヘルリスに於ける勝利という動かし難い輝かしい証拠があるのだから。

斯うした実証を伴う偏見ほど牢乎たるものはない。実際エビルは、彼女の現実の情事は常に正義であり、夫の想像された情事は常に不正であると固く信じていた。

哀れなのはギラ・コシサンである。妻の口舌と腕力とによる日毎の責苦の外に、斯かる動かし難い証拠を前にして、彼は、本当に妻が正しく己が不正なのかも知れぬという良心的な懐疑に迄苦しまねばならなかった。

偶然が彼に恵まなかったなら、彼は日々の重みのために押潰されて了ったかも知れぬ。

3 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:14:53.71 ID:fmlal5NU0.net

ふむ

2 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:14:06.61 ID:9UuBv1Cid.net

山月記  中島敦

70 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:54:01.97 ID:9UuBv1Cid.net

 モゴルの女は一人で男子組合の会員の凡てに接する場合もあれば、或る特別の少数、或いは一人だけに限る場合もある。

それは女の自由に任せられるのであって、組合の方で強制する訳には行かない。リメイは既婚者ギラ・コシサン一人だけを選んだ。男自慢の青年共の流眄[ながしめ]も口説も、その他の微妙な挑発的手段も、彼女の心を惹くことが出来ない。

 ギラ・コシサンにとって、今や世界は一変した。女房の暗雲のような重圧にも拘わらず、外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥が囀っていることを、彼は十年この方始めて発見したように思った。

45 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:36:01.64 ID:GtRm+wXbM.net

今日も感動した

55 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:43:27.32 ID:9UuBv1Cid.net

夫婦(『南島譚』より)  中島敦

15 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:19:08.10 ID:RtZ1wb/40.net

懐かしい
これだけ教科書で難しすぎて草だった

51 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:40:49.31 ID:nH/23Z3Mp.net

ええ話や

12 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:17:44.02 ID:9UuBv1Cid.net

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。

李徴の聲が答へて言ふ。自分は今や異類の身となつてゐる。どうして、おめゝゝと故人の前にあさましい姿をさらせようか。且つ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決つてゐるからだ。

しかし、今、圖らずも故人に遇ふことを得て、愧赧[たん]の念をも忘れる程に懷かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜惡な今の外形を厭はず、曾て君の友李徴であつた此の自分と話を交して呉れないだらうか。

9 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:16:20.56 ID:9UuBv1Cid.net

 翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

25 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:24:29.98 ID:9UuBv1Cid.net

 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷

60 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:47:25.38 ID:9UuBv1Cid.net

二人の黒い女が喚き、叫び、突き、抓り、泣き、倒れる。衣類が――昔は余り衣類をまとう習慣が無かったが、それだけに其の僅かの被覆物は最低限の絶対必要物であった。

――毮り破られることは言う迄もない。大抵の場合、衣類を悉ことごとく毮り取られて竟ついに立って歩けなくなった方が負と判定されるようである。

それ迄には勿論双方とも抓り傷引掻き傷の三十ヶ所や五十ヶ所は負うている。

結局、相手を素裸にして打倒した女が凱歌をあげ、情事に於ける正しき者と認められ、今迄厳正中立を保って見物していた衆人から祝福を受ける。勝者は常に正しく、従って神々の祐助祝福を受けるものだからである。

39 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:32:28.61 ID:UuLbal2Sr.net

>>33
現代に当てはめると法学部卒のエリートが作家になろうとして夢破れて妥協して法曹界入ったけど周りの同年代はもっと出世しててコンプレックスでおかしくなるみたいな感じかな
李徴は趣味人というより自分の才能を過信して突っ走ったタイプやと思う
マウント精神が強すぎたんや

13 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:18:04.85 ID:9UuBv1Cid.net

 後で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。

65 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:51:02.80 ID:jQhIwjJhd.net

>>54
いきなりちくまはギャンブルやからとりま角川行っとくわサンガツやで⭐

38 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:31:49.82 ID:e0i3Jaqc0.net

本物?

8 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:16:08.64 ID:1okF2oIe0.net

あー、こいつ山月記ガイジか

37 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:30:24.26 ID:9UuBv1Cid.net

 言終つて、叢中から慟哭の聲が聞えた。袁傪も亦涙を泛べ、欣んで李徴の意に副ひ度い旨を答へた。李徴の聲は併し忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻つて、言つた。

 本當は、先づ、この事の方を先にお願ひすべきだつたのだ、己れが人間だつたなら。飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮すのだ。

 さうして、附加へて言ふことに、袁傪が嶺南からの歸途には決して此の途を通らないで欲しい、其の時には自分が醉つてゐて故人を認めずに襲ひかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上つたら、此方を振りかへつて見て貰ひ度い。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。

勇に誇らうとしてではない。我が醜惡な姿を示して、以て、再び此處を過ぎて自分に會はうとの氣持を君に起させない爲であると。

56 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:43:49.10 ID:UuLbal2Sr.net

>>52
城の崎にてみたいなノンフィクション風の読み物好きやから案外ワイに合うかもしれんな

23 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:23:52.22 ID:9UuBv1Cid.net

 袁傪は部下に命じ、筆を執つて叢中の聲に隨つて書きとらせた。李徴の聲は叢の中から朗々と響いた。

長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一讀して作者の才の非凡を思はせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次の樣に感じてゐた。成程、作者の素質が第一流に屬するものであることは疑ひない。しかし、この儘では、第一流の作品となるのには、何處か(非常に微妙な點に於て)缺ける所があるのではないか、と。

53 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:41:37.07 ID:UuLbal2Sr.net

>>48
「ワイはやれば出来るんや…」から行動を起こすまで至れなかったってことか
どこかで打算が働いたり心配を吹き飛ばすほどの自信がなかったんやな
こういうのかなり共感出来るわ

17 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:19:27.76 ID:9UuBv1Cid.net

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。

54 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:42:50.49 ID:9UuBv1Cid.net

>>50
全3巻やからちくま文庫の全集読めばいい
最低限抑えるなら角川でもう少し読むなら岩波集英社は物足りない

26 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:24:52.70 ID:9UuBv1Cid.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。

勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

26 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:24:52.70 ID:9UuBv1Cid.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。

勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

63 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:50:17.19 ID:CoZadXli0.net

>>1
とうふさんはすこか?🥺

22 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:23:31.69 ID:9UuBv1Cid.net

 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の聲の語る不思議に聞入つてゐた。聲は續けて言ふ。

 他でもない。自分は元來詩人として名を成す積りでゐた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至つた。曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。

所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。之を我が爲に傳録して戴き度いのだ。

何も、之に仍つて一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂はせて迄自分が生涯それに執著した所のものを、一部なりとも後代に傳へないでは、死んでも死に切れないのだ。

43 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:34:42.40 ID:9UuBv1Cid.net

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

46 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:36:16.88 ID:nH/23Z3Mp.net

>>40
割とあるやん

7 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:15:50.11 ID:kUnRFpkE0.net

保守

36 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:29:59.71 ID:9UuBv1Cid.net

 漸く四邊[あたり]の暗さが薄らいで來た。木の間を傳つて、何處からか、曉角が哀しげに響き始めた。

 最早、別れを告げねばならぬ。醉はねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の聲が言つた。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。

彼等は未だ虢略にゐる。固より、己れの運命に就いては知る筈がない。君が南から歸つたら、己れは既に死んだと彼等に告げて貰へないだらうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩倖、之に過ぎたるは莫い。

59 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:45:57.79 ID:9UuBv1Cid.net

 パラオ地方では痴情にからむ女同志の喧嘩のことをヘルリスと名付ける。恋人を取られた(或いは取られたと考えた)女が、恋敵の所へ押しかけて行って之に戦を挑むのである。

戦は常に衆人環視の中で堂々と行われる。何人も其の仲裁を試みることは許されぬ。人々は楽しい興奮を以て見物するだけだ。此の戦は単に口舌にとどまらず、腕力を以て最後の勝敗を決する。但し、武器刃物類を用いないのが原則である。

10 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:17:03.14 ID:9UuBv1Cid.net

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

11 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:17:09.52 ID:9UuBv1Cid.net

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

6 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:15:46.41 ID:9UuBv1Cid.net

一年の後、公用で旅に出、汝水[ぢよすい]のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

32 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:28:11.08 ID:nH/23Z3Mp.net

他の面白い短編も上げてくれや

41 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:34:26.77 ID:9UuBv1Cid.net

 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

4 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:14:58.97 ID:9UuBv1Cid.net

 隴西の李徴は博學才穎[えい]、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢[くわく]略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。

この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。

71 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:55:15.98 ID:irYYWh4y0.net

パラオ編突入っていつものことなん?

67 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:52:25.98 ID:9UuBv1Cid.net

 その頃パラオの島々にはモゴルと呼ばれる制度があった。男子組合[ヘルデベヘル]の共同家屋[ア・バイ]に未婚の女が泊り込んで、炊事をする傍ら娼婦の様な仕事をするのである。

其の女は必ず他部落から来る。自発的に来る場合もあり、敗戦の結果強制的に出させられることもある。

 ギラ・コシサンの住んでいるガクラオの共同家屋[ア・バイ]に偶々グレパン部落の女がモゴルに来た。名をリメイといって非常な美人である。

48 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:37:37.69 ID:9UuBv1Cid.net

>>39
李徴が自分の才能を過信してたってのは明確に間違いやと思う

才能過信してたなら早々に作品発表して他の詩人の作品なんて鼻で笑えるくらいになってたやろ
李徴の詩の才能は袁傪も称賛しとるくらいやしその才能を信じきれなかったから発狂したんやないか

57 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:44:16.76 ID:9UuBv1Cid.net

 今でもパラオ本島、殊にオギワルからガラルドへ掛けての島民で、ギラ・コシサンと其の妻エビルの話を知らない者は無い。

 ガクラオ部落のギラ・コシサンは大変に大人しい男だった。其の妻のエビルは頗る多情で、部落の誰彼と何時も浮名を流しては夫を悲しませていた。

エビルは浮気者だったので、(斯ういう時に「けれども」という接続詞を使いたがるのは温帯人の論理に過ぎない)又、大の嫉妬家[やきもちや]でもあった。己の浮気に夫が当然浮気を以て酬いるであろうことを極度に恐れたのである。

34 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:29:14.93 ID:9UuBv1Cid.net

己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。

恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

30 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:26:26.37 ID:9UuBv1Cid.net

人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事實は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭ふ怠惰とが己れの凡てだつたのだ。

己れよりも遙かに乏しい才能でありながら、それを專一に磨いたがために、堂々たる詩家となつた者が幾らでもゐるのだ。

虎と成り果てた今、己れは漸くそれに氣が付いた。それを思ふと、己れは今も胸を灼かれるやうな悔を感じる。

42 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:34:30.45 ID:W0baJrg7a.net

中島は『文字禍』こそ教科書に載るべきだと思うんだ

35 :風吹けば名無し:2020/10/14(水) 05:29:34.58 ID:m8eZdHXu0.net

青空文庫から他の作品も上げたらどうや