夜明けに山月記を読み返す🌓⛰🐅

1 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 04:54:25 ID:2eQI3+2cd.net
🐯・・・

62 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:07:42 ID:VpQwbDCy0.net

ある。余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板と擦すれ合って固い胼胝たこが出来ている。文字の精は、また、彼の脊骨せぼねをも蝕むしばみ、彼は、臍へそに顎のくっつきそうな傴僂せ

31 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:03:57 ID:5oT5hL03d.net

 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の聲の語る不思議に聞入つてゐた。聲は續けて言ふ。

 他でもない。自分は元來詩人として名を成す積りでゐた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至つた。曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。

所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。之を我が爲に傳録して戴き度いのだ。
何も、之に仍つて一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂はせて迄自分が生涯それに執著した所のものを、一部なりとも後代に傳へないでは、死んでも死に切れないのだ。

61 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:07:35 ID:5oT5hL03d.net

己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。

かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。

己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

56 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:06:59.42 ID:5oT5hL03d.net

>>39
この『文字禍』もおもろいで
文章の区切りがあれなだけで新字体の文やし読みやすいと思う

98 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:13:01 ID:VpQwbDCy0.net

現象が、文字以外のあらゆるものについても起るようになった。彼が一軒けんの家をじっと見ている中に、その家は、彼の眼と頭の中で、木材と石と煉瓦れんがと漆喰しっくいとの意味もない集合に化けてしまう。これがど

114 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:18:14 ID:VpQwbDCy0.net

途中でスクリプト止めてもたわ

75 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:09:27 ID:VpQwbDCy0.net

いごについて色々な説がある。自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ひとつきほどの間、絶望の余り、言語に絶した淫蕩いんとうの生活を送ったというものもあれば、毎日ひたすら潔斎けっさいしてシャマシュ神

49 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:05:55.65 ID:5oT5hL03d.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。

勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

8 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 04:58:47 ID:5oT5hL03d.net

 翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。

袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

121 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:22:00 ID:5oT5hL03d.net

「晝頃にはS島に着くやうなことを船長は言つとつたが、此の間みたいに半日も流されて、行過ぎとるなんてことがあるから、あてにはなりませんなあ。」

 警官は話を換へて、そんなことを言ひ、伸びをしながら、眼を海の方に向けた。私も亦それにつられて、何といふこともなく、目を細くして眩しい海と空とを眺めた。

15 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:01:23 ID:VpQwbDCy0.net

ほんがバビロンの落城でようやく鎮しずまったばかりのこととて、何かまた、不逞ふていの徒の陰謀いんぼうではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。どうしても何かの精霊どもの話し声に違ちがいない。最近に

90 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:11:49 ID:VpQwbDCy0.net

、彼等精霊の齎もたらす害も随分ずいぶんひどい。わしは今それについて研究中だが、君が今、歴史を誌した文字に疑を感じるようになったのも、つまりは、君が文字に親しみ過ぎて、その霊の毒気どっきに中あたったため

120 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:21:44 ID:5oT5hL03d.net

 S島がナポレオンの存在に困るからとて、T島にやつたのでは、同じ樣な無氣力者の寄合に違ひないT島でも矢張この少年に手古摺るに違ひない。

もつと他に何か方法は無いものか。たとへばコロールの街で嚴重な監視の下に勞役に從はせるとか、さういふ風な。

それに、一體、此の流刑といふ古風な刑罰を少年に課してゐるのは、どういふ法律なのだらう? 日本人の籍をもたぬ彼等島民、殊に其の未成年者には、どんな法律が設けられてゐるのだらう? 

同じ南洋の官吏でゐながら、まるで方面違ひの、おまけに極く新米の私は、そんな事に全然無知だつたので、少し訊ねて見たかつたのだが、相手の機嫌を幾らか損じたらしい際でもあり、傍にゐる島民巡警への顧慮も手傳つて、それは控へることにした。

122 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:22:45 ID:5oT5hL03d.net

 底拔けの上天氣である。何といふ光り輝く青さだらう、海も空も。

澄み透る明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄の中に融け去つたかと思ふと、其の下から、今度は、一目見ただけで忽ち全身が染まつて了ひさうな華やかな濃藍の水が、擴がり、膨らみ、盛上つて來る。

内に光を孕んだ豐麗極まりない藍紫色の大圓盤が、船の白塗の欄干[てすり]の上になり下になりして、とてつもなく大きく高く膨れ上り、さて又ぐうんと低く沈んで行く。

紺青鬼といふ言葉を私は思出した。

それがどんな鬼か知らないが、無數の眞蒼な小鬼共が白金の光耀粲爛たる中で亂舞したら、或ひは此の海と空の華麗さを呈するかも知れないと、そんなとりとめない事を考へてゐた。

 暫くして、餘りの眩さに海から眼を外らして前を見ると、つい先刻まで私と話してゐた若い警官は、布製の寢椅子に凭つたまゝ、既に快げな寢息を立ててゐた。

34 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:04:10 ID:VpQwbDCy0.net

今まで知られなかった文字の霊の性質が次第に少しずつ判って来た。文字の精霊の数は、地上の事物の数ほど多い、文字の精は野鼠のねずみのように仔こを産んで殖ふえる。ナブ・アヘ・エリバはニネヴェの街中を歩き廻ま

18 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:01:51 ID:5oT5hL03d.net

少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

自分は初め眼を信じなかつた。

次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。

どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。

37 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:04:32 ID:AaPVH0V00.net

今日も見れたわ

74 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:09:20 ID:QZgZ+Bxd0.net

ここまでまはいらない

83 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:10:38 ID:VpQwbDCy0.net

若い歴史家は情なさそうな顔をして、指し示された瓦を見た。それはこの国最大の歴史家ナブ・シャリム・シュヌ誌す所のサルゴン王ハルディア征討行せいとうこうの一枚である。話しながら博士の吐はき棄すてた柘榴ざく

64 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:08:05 ID:VpQwbDCy0.net

せいしゃの第一に数えた。ただ、こうした外観の惨みじめさにもかかわらず、この老人は、実に――全く羨うらやましいほど――いつも幸福そうに見える。これが不審ふしんといえば、不審だったが、ナブ・アヘ・エリバは

97 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:12:49 ID:VpQwbDCy0.net

み暮くらした時以来のことである。その時、今まで一定の意味と音とを有もっていたはずの字が、忽然こつぜんと分解して、単なる直線どもの集りになってしまったことは前に言った通りだが、それ以来、それと同じような

71 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:08:57 ID:5oT5hL03d.net

己れには最早人間としての生活は出來ない。

たとへ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作つたにした所で、どういふ手段で發表できよう。

まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。

己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。

6 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 04:57:40 ID:5oT5hL03d.net

數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。

一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の儁[しゆん]才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

彼は怏々として樂しまず、狂悖[はい]の性は愈々抑へ難くなつた。

28 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:03:31 ID:5oT5hL03d.net

之は恐しいことだ。
今少し經てば、己れの中の人間の心は、獸としての習慣の中にすつかり埋れて消えて了ふだらう。恰度、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋沒するやうに。

さうすれば、しまひに己れは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂ひ廻り、今日の樣に途で君と出會つても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだらう。

一體、獸でも人間でも、もとは何か他のものだつたんだらう。初めはそれを憶えてゐたが、次第に忘れて了ひ、初めから今の形のものだつたと思ひ込んでゐるのではないか? 

いや、そんな事はどうでもいい。
己れの中の人間の心がすつかり消えて了へば、恐らく、その方が、己れはしあはせになれるだらう。だのに、己れの中の人間は、その事を、此の上なく恐しく感じてゐるのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思つてゐるだらう! 己れが人間だつた記憶のなくなることを。この氣持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成つた者でなければ。

所で、さうだ。己れがすつかり人間でなくなつて了ふ前に、一つ頼んで置き度いことがある。

106 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:14:15 ID:5oT5hL03d.net

(昭和17年2月發表)

106 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:14:15 ID:5oT5hL03d.net

(昭和17年2月發表)

44 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:05:09 ID:VpQwbDCy0.net

者、下痢げりするようになった者なども、かなりの数に上る。「文字ノ精ハ人間ノ鼻・咽喉のど・腹等ヲモ犯スモノノ如シ」と、老博士はまた誌した。文字を覚えてから、にわかに頭髪の薄うすくなった者もいる。脚の弱く

95 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:12:25 ID:5oT5hL03d.net

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

27 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:03:22 ID:VpQwbDCy0.net

に、おかしな事が起った。一つの文字を長く見詰みつめている中に、いつしかその文字が解体して、意味の無い一つ一つの線の交錯こうさくとしか見えなくなって来る。単なる線の集りが、なぜ、そういう音とそういう意味

116 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:19:21 ID:5oT5hL03d.net

島の少年共を脅迫したり、娘や人妻に怪しからぬ振舞をして困るからとの陳情が、島の村長から大分前にパラオ支廳の方へ來てゐるといふ。

そんな惡少年は島の内で制裁すればいいと思はれるのに、それがどうして、島の成人[おとな]達が逆に怯えてゐる有樣なのださうだ。

S島は人口も極めて少く、それも年々減少しつゝある、謂はば廢島に近い島なのだが、僅か十五六歳の少年一人を抑へかねる程、住民等も元氣が無いのであらうか。

77 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:09:44 ID:5oT5hL03d.net

己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。

山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。

恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

101 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:13:36 ID:VpQwbDCy0.net

の根柢こんていが疑わしいものに見える。ナブ・アヘ・エリバ博士は気が違いそうになって来た。文字の霊の研究をこれ以上続けては、しまいにその霊のために生命をとられてしまうぞと思った。彼は怖こわくなって、早々

128 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:27:13 ID:5oT5hL03d.net

 島民としては甚だ眼が小さいが、ナポレオン少年の顏は別に醜いといふ譯ではない。さうかと云つて(大抵の邪惡な顏には何處か狡い賢さがあるものだが)惡賢いといふ柄でもない。

賢さなどといふものは全然見られぬ・愚鈍極まる顏でありながら、普通の島民の顏に見られる・あのとぼけたをかしさがまるで無い。意味も目的も無い・まじりけの無い惡意だけがハツキリ其の愚かしい顏に現れてゐる。

先程警官から聞かされた此の少年のコロールでの殘忍な行爲も、成程この顏ならやりさうだと思はれた。

たゞ、豫期に反したのは、其の體躯の小さいことである。

島民は概して二十歳前に成長し切つて了ふので、十五六にもなれば、實に見事な體格をしてゐる者が多い。

殊に性的な犯行をする程早熟な少年ならば、屹度體躯もそれに伴つて充分發達してゐるだらうと思つたのに、これは又、痩せてひねこびた猿のやうな少年である。

斯んな身體の少年が、どうして(未だに家柄の次には腕力が最もものを言ふ筈の)島民の間で衆人を懼れさせることが出來るか、誠に不可思議に思はれた。

22 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:02:34 ID:VpQwbDCy0.net

どの板に硬筆こうひつをもって複雑な楔形くさびがたの符号ふごうを彫ほりつけておった。書物は瓦かわらであり、図書館は瀬戸物屋せとものやの倉庫に似ていた。老博士の卓子テーブル(その脚あしには、本物の獅子しし

110 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:16:06 ID:5oT5hL03d.net

(昭和十七年二月)

67 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:08:28 ID:VpQwbDCy0.net

り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮ふんした。これによって、死神エレシュキガルの眼を欺あざむき、病を大王から己おのれの身に転じようというのである。この古来の医家の常法に対して、青年の一部には、不信

104 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:14:00 ID:5oT5hL03d.net

>>69
李徴は自分を天才だと思い込んで全てを見下していたんか?

51 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:06:08.34 ID:VpQwbDCy0.net

の獅子の代りに獅子の影を狙ねらい、女という字を覚えた男は、本物の女の代りに女の影を抱くようになるのではないか。文字の無かった昔むかし、ピル・ナピシュチムの洪水こうずい以前には、歓よろこびも智慧ちえもみ

124 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:23:35 ID:5oT5hL03d.net

 午[ひる]近く、船は珊瑚礁の罅隙の水道を通つて灣に入つた。S島だ。黒き小ナポレオンのゐるといふエルバ島である。

 低い・全然丘の無い・小さな珊瑚島だ。緩く半圓を描いた渚の砂は――珊瑚の屑は、餘りにも眞白で眼に痛い。

年老いた椰子樹の列が青い晝の光の中に亭々と聳え立ち、その下に隱見する土人の小舍がひどく低く小さく見える。二三十人の土民男女が濱に出て、眼をしかめたり小手を翳したりしながら、我々の船の方を見てゐる。

 潮の關係で、突堤には着けられなかつた。岸から半丁程離れて船が泊ると、迎への獨木舟[カヌー]が三隻水を切つて近寄つた。見事に赤銅色をした逞しい男が、眞赤な褌一つで漕いで來る。近付くと、彼等の耳に黒い耳輪の下つてゐるのが見えた。

「では、行つて來ます」と警官はヘルメットを手に取りながら挨拶し、巡警を從へて甲板から降りて行つた。

58 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:07:07.12 ID:VpQwbDCy0.net

くもりか気が付かない。彼は、少女サビツがギルガメシュを慰なぐさめた言葉をも諳そらんじている。しかし、息子むすこをなくした隣人りんじんを何と言って慰めてよいか、知らない。彼は、アダッド・ニラリ王の后きさ

72 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:09:04 ID:VpQwbDCy0.net

所が。彼等は、神秘の雲の中における人間の地位をわきまえぬのじゃ。老博士は浅薄せんぱくな合理主義を一種の病と考えた。そして、その病をはやらせたものは、疑もなく、文字の精霊である。ある日若い歴史家(あるい

3 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 04:55:28 ID:WqbFUYrha.net

尊大な羞恥心と臆病な自尊心定期

125 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:24:28 ID:5oT5hL03d.net

 此の島には三時間しか泊らないことになつてゐる。私は上陸しないことにした。ひとへに暑さを恐れたためである。

 晝食を下で濟ませてから、又甲板へ上つて來た。外海の濃藍色とは全然違つて、堡礁[リーフ]内の水は、乳に溶かした翡翠だ。

船の影になつた所は、厚い硝子の切斷部のやうな色合に、特に澄み透つて見える。

エンヂェル・フィッシュに似た黒い派手な竪縞[たてじま]のある魚と、さよりの樣な飴色の細い魚とが盛んに泳いでゐるのを見下してゐる中に、眠くなつて來た。

先刻警官の睡つた寢椅子に横になると、直ぐに寢て了つた。

76 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:09:39 ID:VpQwbDCy0.net

に祈いのり続けたというものもある。第一の妃ひただ一人と共に火に入ったという説もあれば、数百の婢妾ひしょうを薪まきの火に投じてから自分も火に入ったという説もある。何しろ文字通り煙けむりになったこととて、

96 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:12:37 ID:VpQwbDCy0.net

は舌打をした。わしまでが文字の霊にたぶらかされておるわ。実際、もう大分前から、文字の霊がある恐しい病を老博士の上に齎していたのである。それは彼が文字の霊の存在を確かめるために、一つの字を幾日もじっと睨

16 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:01:35 ID:VpQwbDCy0.net

王の前で処刑しょけいされたバビロンからの俘囚ふしゅう共の死霊の声だろうという者もあったが、それが本当でないことは誰にも判わかる。千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌を抜ぬいて殺され、その舌を集めたとこ

89 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:11:38 ID:VpQwbDCy0.net

いう字が無かったからじゃ。この文字の精霊の力ほど恐ろしいものは無い。君やわしらが、文字を使って書きものをしとるなどと思ったら大間違い。わしらこそ彼等文字の精霊にこき使われる下僕しもべじゃ。しかし、また

119 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:20:54 ID:5oT5hL03d.net

「ナポレオン先生、大人しく此の船に乘せられて、T島に移りますかな?」と私が言ふと、「なあに、いくら惡[わる]だと云つたつて、たかが島民の子供ぢやないですか。問題ぢやない」と警官がむきになつて答へた。

其の聲に、今迄の會話の調子と違つて、意外にも若干の憤激の調子が感じられ、ああ、私の今の言葉は島民の前には絶對權威をもつ警官への多少の侮蔑に當るのかも知れぬと氣が付いた。

7 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 04:57:55 ID:5oT5hL03d.net

一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

86 :風吹けば名無し:2020/06/03(水) 05:11:14 ID:VpQwbDCy0.net

・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載のせられなかったからじゃ。大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば神々