夜明け前に山月記を読み返す🌘🏔🐅

1 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:01:42 ID:0KFKAh4Q0.net
🐯

29 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:12:59 ID:G6SkXW3u0.net

その正体は学生時代に真面目に勉強しなかったのを後悔して今更それっぽいことをやった気になってるコンプレックスまみれのニートなんだよ🤡

40 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:19:01.56 ID:+o/6fhvs0.net

山月記スレをよく立てるイッチには是非とも読書感想文という形式で山月記を読んだ感想を書いてほしいな

39 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:18:50.17 ID:0KFKAh4Q0.net

>>24
山月記という物語を経て何が変わったか?
袁傪とその一行は李徴の消息を知ることとなった
李徴は自身の内心を誰かに訴えることができた
それから妻子のことを袁傪に頼んだ
でも袁傪が李徴の妻子の面倒を見たかまでは書かれていない

56 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:30:57 ID:0KFKAh4Q0.net

>>54
戦時中に書かれた文学って国策的な色が強いのが多すぎるねんな

73 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:41:55 ID:0KFKAh4Q0.net

 久しく私の中に眠つてゐたエグゾティスムが、この珍奇な小動物の思ひがけない出現と共に、再び目覺めて來た。曾て小笠原に遊んだ時の海の色。熱帶樹の厚い葉の艶。油ぎつた眩しい空。原色的な鮮麗な色彩と、燃上る光と熱。

珍奇な異國的なものへの若々しい感興が急に溌剌と動き出した。外はみぞれもよひの空だといふのに、私は久しぶりで胸の膨れる思ひであつた。

 ストーヴの近くに籠を置き、室の隅にあつたゴムの木と谷渡りの鉢をその傍に竝べた。私は籠の入口をあけておいた。どうせ部屋から出る心配はなし、時には木にとまり度くもならうかと思つたからである。

16 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:08:14 ID:+o/6fhvs0.net

朝か

25 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:11:24 ID:G6SkXW3u0.net

山月記ガイジには山月記を貼ってるだけで実際には言うほど読んでないという生態があるんだ🤡

94 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:53:41 ID:0KFKAh4Q0.net

兎に角、氣が付いた時には、既にこんなヘンなものになつて了つてゐたのだ。いゝ、惡い、ではない。強ひて云へば困るのである。ともかくも、自分は周圍の健康な人々と同じでない。

勿論、矜恃を以ていふのではない。その反對だ。不安と焦躁とを以ていふのである。ものの感じ方、心の向ひ方が、どうも違ふ。みんなは現實の中に生きてゐる。俺はさうぢやない。

かへるの卵のやうに寒天の中にくるまつてゐる。現實と自分との間を、寒天質の視力を屈折させるものが隔ててゐる。直接そとのものに觸れ感じることが出來ない。

はじめはそれを知的裝飾と考へて、困りながらも自惚れてゐたことがある。しかし、どうもさうではないらしい。もつと根本的な・先天的な・或る能力の缺如によるものらしい。それも一つの能力でなく、幾つかの能力の缺如である。

59 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:33:29.72 ID:HM8q/ZOT0.net

戦時下って三国志とか出たんやっけ

95 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:54:04 ID:xfTedE3Ld.net

な闇深

43 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:20:10 ID:0KFKAh4Q0.net

 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

49 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:23:22 ID:0KFKAh4Q0.net

人虎伝には李徴の妻子の消息があるにも関わらず山月記という物語の中に李徴の妻子の消息は含まれていない

李徴が「妻子に『李徴は死んだ」と伝えてくれ」袁傪に頼んだということとその後の面倒を見てくれと頼んだということは物語の中にある
それによって何が変わるかと言えば李徴の未練とかそう言ったものやないのか

19 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:09:34 ID:0KFKAh4Q0.net

いや、そんな事はどうでもいい。己れの中の人間の心がすつかり消えて了へば、恐らく、その方が、己れはしあはせになれるだらう。だのに、己れの中の人間は、その事を、此の上なく恐しく感じてゐるのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思つてゐるだらう! 己れが人間だつた記憶のなくなることを。

この氣持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成つた者でなければ。所で、さうだ。己れがすつかり人間でなくなつて了ふ前に、一つ頼んで置き度いことがある。

83 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:47:31 ID:0KFKAh4Q0.net

 吉田は其の俸給表を前に擴げたまゝ、つゞいて、職員の一人々々に就いて其の經歴やら家庭的な事情やらを話し出した。

女教師の中、誰と誰とは女高師を出たといふ觸込で來てゐるが、實は臨時教員養成所を出たゞけであること。

國語の主任をしてゐるNが月給を二月分前借してゐること。

圖畫の老教師Hが表具屋、繪具屋等と生徒との間でえらくサヤを取つてゐること。

英語のSが音樂の女教師と近頃よく連立つて歩いてゐるといふ噂のこと。

99 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:56:51.21 ID:0KFKAh4Q0.net

 曾て自分にも多少は感覺の良さがあつた時分には、私はそれにのみ奔ることを惧れて、自分の欲しもしない・無味な概念のかたまりを考へることによつて感覺を鈍くしようと力めた。

さうして、結局凡ての概念が灰色だと知つた時、又、自分が苦心の結果取除くことに成功したところのものが、如何に黄金なす緑色をなしてゐたかを悟つた時には、すでにそれを取返す術を失つてゐるのだ。

私が曾て、かなり確かな記憶力を有つてゐた頃、私は之を輕蔑した。記憶力しか有つてゐない人間は、足し算しか出來ない人間と同じだと云ひ、自分のこの力を撲滅しようとした。之は隨分無理なことだつた。

で、少くとも、之を利用することだけは避けるやうにした。

さて、人間生活の多くの貴い部分が、最も基礎的な意味に於て精神の此の能力に負うてゐることを、身を以て悟るやうになつた今となつては、はや(種々な藥品の過度の吸入や服用その他によつて)自分にそれが失はれてゐるのだ。

8 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:04:26 ID:0KFKAh4Q0.net

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

46 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:21:36 ID:RQqRw2XE0.net

イッチ賢者タイム

74 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:42:16 ID:0KFKAh4Q0.net

 朝起きて見ると、カメレオンはゴムの木などには止らずに、机の下に滑り落ちた書物の上に乘つて、小さな眼孔から此方を見てゐた。

思つたより元氣らしい。もつとも昨夕はかなり部屋を暖めたので、乾きすぎたせゐか、私の方が少々咽喉を痛めた。
カメレオンの乘つてゐた書物はショペンハウエルのパレルガ・ウント・パラリポメナ。

4 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:03:12 ID:0KFKAh4Q0.net

數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。

一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の儁[しゆん]才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

彼は怏々として樂しまず、狂悖[はい]の性は愈々抑へ難くなつた。

98 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:55:48 ID:ebrIyztT0.net

夜神月スレ

86 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:48:51 ID:Po/MgJY5M.net

尊大な羞恥心と臆病な自尊心定期

26 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:11:32 ID:0KFKAh4Q0.net

 舊詩を吐き終つた李徴の聲は、突然調子を變へ、自らを嘲るが如くに言つた。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己れは、己れの詩集が長安風流人士の机の上に置かれてゐる樣を、夢に見ることがあるのだ。

岩窟の中に横たはつて見る夢にだよ。嗤つて呉れ。詩人に成りそこなつて虎になつた哀れな男を。(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いてゐた。)

さうだ。お笑ひ草ついでに、今の懷を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きてゐるしるしに。

 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

5 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:03:19 ID:0KFKAh4Q0.net

一年の後、公用で旅に出、汝水[ぢよすい]のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

7 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:04:03 ID:0KFKAh4Q0.net

 翌年、監察御史、陳郡の袁傪[ゑんさん]といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於[しやうを]の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

48 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:22:57 ID:H22laNPM0.net

101 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:58:44.19 ID:4NmGOXqx0.net

古文読み方忘れたんやがどうしよう

105 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 06:01:49.53 ID:0KFKAh4Q0.net

 昨夜就寢する頃から少し胸苦しかつたが、夜半果して例の發作に襲はれて、起上る。アドレナリン一本をうち、朝迄床上に坐つてゐる。呼吸困難は稍々をさまつたが、頭痛甚だし。朝になつて未だ不安なので、エフェドリン八錠服用。

朝食は攝らず。息苦しきため横臥する能はず。終日椅子に掛け机に凭り、カメレオンの籠を前に、頬杖をついて眺める。

 カメレオンも元氣なし。鳥の止り木にとまり、小さな眼孔からぢつとこちらを見てゐる。動かず。瞑想者の風あり。尾の捲き方が面白い。

木をつかんでゐるゆびは、前三本、後二本。體色は餘り變化しないやうだ。全く異つた環境に連れ込まれたために、之に應ずる色素の準備がないのか?

 眺めてゐるうちに、ものが段々と、sub specie chameleonis に見えて來さうだ。人間としては常識として通つてゐることが、一つ一つ不可思議な疑はしいことに思はれて來る。頭痛は依然止まず。おほむね鈍痛だが、時にヅキヅキと劇しくなる。

33 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:14:17 ID:0KFKAh4Q0.net

己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

96 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:54:44 ID:0KFKAh4Q0.net

例へば、個人を個人たらしめる・最も普遍的な意味に於ての・功利主義が私には缺けてゐるやうだ。

又、ものを一つの系列――或る目的へと向つて排列された一つの順序――として理解する能力が私には無い。一つ一つをそれゞゝ獨立したものとして取上げて了ふ。
一日なら一日を、將來の或る計畫のための一日として考へることが出來ない。それ自身の獨立した價値をもつた一日でなければ承知できないのだ。

それから又、ものごと(自分自身をも含めて)の内側に直接はひつて行くことが出來ず、先づ外から、それに對して位置測定を試みる。全體に於ける其の位置、大きなものと對比した其の價値等を測つて見るだけで失望して了ひ、直接そのものの中にはひつて行けないのだ。

85 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:48:32 ID:0KFKAh4Q0.net

吉田といふ男は、事務に追はれてゐないと、胃酸過多の胃が、消化すべきものを有もたない時の状態みたいになつて、とかく他人ひととの間に摩擦を起すやうだ。

 一時間ばかり彼の話を聞いてから、餘り愉快ではない氣持になつて、蠅の詰まつたマッチ箱を持つて歸る。

54 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:28:29 ID:TDQfYk9y0.net

ええなぁ
これが戦時中に書かれたんやもんなぁ

66 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:38:38 ID:0KFKAh4Q0.net

かめれおん日記 中島敦

44 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:20:21 ID:0KFKAh4Q0.net

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

51 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:25:39 ID:apgpmsF60.net

>>50
そうなんや、このスレのおかげで存在を知りつつも旧字体を理由に敬遠してたから安心したわ、今度読んでみるやで

30 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:13:21 ID:0KFKAh4Q0.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。

勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

9 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:04:53 ID:0KFKAh4Q0.net

 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。

李徴の聲が答へて言ふ。自分は今や異類の身となつてゐる。どうして、おめゝゝと故人の前にあさましい姿をさらせようか。且つ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決つてゐるからだ。

しかし、今、圖らずも故人に遇ふことを得て、愧赧[きたん]の念をも忘れる程に懷かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜惡な今の外形を厭はず、曾て君の友李徴であつた此の自分と話を交して呉れないだらうか。

80 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:45:59 ID:0KFKAh4Q0.net

高等小學生的人物と彼を評した者がゐる。小學校の高等科の生徒といふものは中學生のやうな小生意氣さが無く、實に良く働いて、中學生などよりどれ程役に立つか判らないといふのである。影の薄い大學生よりも、溌剌たる高等小學生の方が遙かに立派だと、私も思ふ。

35 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:14:59 ID:0KFKAh4Q0.net

人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。己れの場合、この尊大な羞恥心が猛獸だつた。虎だつたのだ。
之が己を損ひ、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形を斯くの如く、内心にふさはしいものに變へて了つたのだ。

今思へば、全く、己れは、己れの有つてゐた僅かばかりの才能を空費して了つた譯だ。
人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事實は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭ふ怠惰とが己れの凡てだつたのだ。

87 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:49:28 ID:0KFKAh4Q0.net

 夜、外へ出て何氣なく東の空を仰いだ時、私は思はず「アヽ」と聲を出した。裸になつた榎の大樹の枝々を透して、春以來、半年ぶりでオリオンの昇つて來るのを見付けたからである。

青い小さな蜜柑が出始めると、三つ星さまが見え出すんだよ、と幼い頃祖母によく言はれたことが記憶に甦つた。オリオンの上には馭者座[カペラ]だの、紅いアルデバランだの、玻璃器に凍りついた水滴のやうなすばるだのが、はつきりと姿を見せてゐる。

恆星達ばかりではない。南の空に高く、左から順にほゞ同じ位の間隔をおいて竝んでゐるのは、土星[ザトウルン]と木星[ユウピテル]と火星[マルス]とであらう。殊に木星の白い輝きの明るさは、燦々と、まことに四邊を拂ふばかりである。

91 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:51:06 ID:0KFKAh4Q0.net

私がまだ學生の頃、當時は映畫館でなかつた帝劇に、毎年三月頃になると、ロシヤとイタリイから歌劇團が來演した。

カルメンやリゴレットやラ・ボエームやボリス・ゴドノフなど、私は金錢[かね]の許す限り其等を見に行つた。

明るい照明の中で、女優達の豐かな肩や白い腕に生毛が光り、金髮が搖れ、頬が紅潮し、肉感的な若々しい聲が快く顫へて、私を醉はせた。

偶然目にした Opera といふ、たつた五字が、失はれた・遠い・華やかな世界のかぐはしい空氣をちらと匂はせ、しばし私を混亂させた。所要の文字を探すことも忘れて、私は Opera といふ字を見詰めたまゝ、ぼんやりしてゐた。

90 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:50:51 ID:0KFKAh4Q0.net

 二三日前にもこんなことがあつた。

或る文字を引かうとして英和辭典をバラヾヽと繰くりながら、偶然開かれたページの Opera といふ文字に目がとまつた時、私は、瞬間ハツと何か明るい華やかな若々しいものが前を過ぎたやうな氣がした。

田舍の暗い田圃道から、土手の上を通つて行く明るい夜汽車の窓々を見送る時に似て、今迄すつかり忘れてゐた華やかな夢の一片が、遠い世界からやつて來てチラリと前を通り過ぎて行つたやうな氣がした。

13 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:06:17 ID:0KFKAh4Q0.net

少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

自分は初め眼を信じなかつた。次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。

どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

63 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:35:43 ID:NXqTCsh60.net

ワイは虎や!
虎になるんや!

63 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:35:43 ID:NXqTCsh60.net

ワイは虎や!
虎になるんや!

72 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:41:26 ID:0KFKAh4Q0.net

 其の夜、私は部屋の小型ストーヴに何時もより多量の石炭を入れた。此の間死んだ鸚鵡の丸籠を下して、その中に綿を敷き、そこへカメレオンを入れた。水を飮むものかどうか知らないが、兎に角、鳥の水入も中に置いてやつた。

 滑稽なことに、私は少からず悦ばされ、興奮させられてゐた。寒さなどのためにやがては死なせねばなるまいとの考へだけが私を暗くした。

どうせ永く持たないのなら、學校で飼はないで、自分の處へ置き度いと思つた。動物園へ寄贈すれば、とも思つたが、何かしら手離すのが惜しい。まるで私個人が貰つたものであるかのやうに、私は感じてゐるのであつた。

68 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:39:41 ID:0KFKAh4Q0.net

 博物教室から職員室へ引揚げて來る時、途中の廊下で背後から「先生」と呼びとめられた。

 振返ると、生徒の一人――顏は確かに知つてゐるが、名前が咄嗟には浮かんで來ない――が私の前に來て、何かよく聞きとれないことを言ひながら、五寸角位の・蓋の無い・菓子箱樣やうのものを差出した。

箱の中には綿が敷かれ、其の上に青黒い蜥蜴のやうな妙な形のものが載つてゐる。

「何? え? カメレオン? え? カメレオンぢやないか。生きてるの?」

 思ひ掛けないものの出現に面喰つて、私が矢繼早やに聞くと、生徒は「ええ」と頷いて、顏を赭らめながら説明した。

親戚の船員のものがカイロか何處かで貰つて來たのだが、珍しいものだから學校へ持つて行つてはと云ふので、博物の教師である私の所へ持つて來たのだといふ。

「ほう、そりや、どうも」有難うとも言はないで、私は其の箱を受取り、龍に似た小さな怪物を眺めた。蜥蜴よりもずつと立體的な感じで、頭が大きく、尾が長く捲き、寒さで元氣が無いらしいが、それでも、眞蒼な前肢で、しかつめらしく綿を踏まへてゐる。

 生徒は私にカメレオンを渡して了ふと、それ以上私の前に立つてゐるのを羞しがるやうに、ぴよこんと頭を下げてから行つて了つた。

102 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:59:23.75 ID:0KFKAh4Q0.net

本當はさういふ時こそ、色々な思想の萌芽といつてもいゝやうなものが、どんゝゝ湧いて來るやうな氣がするのだ。

しかし、そんなものに就いて思考を集注し出したら一晩中興奮のために眠れないぞ、さうすると又、明日は發作だぞ、と、私は躍氣になつて、さうした斷片的な思惟の芽を揉み消して行く。全く私はどれ程の多くの思索の種子を寢床の闇の中でむざゝゝと躪り潰して了つたことか。

勿論、私は思想家でも科學者でもないから、私のひよいゝゝと浮かんで來る思ひつきや斷片的な考へが皆優れたものだつたらうなどといふのではない。

けれども初めは極く詰まらないものであつても、後の發展によつては、案外面白いものとなり得ることがあるのは、物質界でも精神界でも屡々見られるのだ。

闇の中で私に慘殺された無數の思ひつき(それらは、高く風に飛ぶ無數の蒲公英の種子のやうに、闇の中に舞ひ散つて、再び歸つて來ない)の中には、さうした類のものだつて多少は交じつてゐたらうと考へるのは、自惚に過ぎるだらうか?

64 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:36:06 ID:0KFKAh4Q0.net

>>60
袁傪は聞き手に徹しとるように見えて李徴の詩に何か思ったりしとるやん
袁傪が単純な舞台装置ならそういうくだり全部いらんのやないか

11 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:05:10 ID:0KFKAh4Q0.net

 後[あと]で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。

89 :風吹けば名無し:2020/01/21(火) 05:50:17 ID:0KFKAh4Q0.net

 青春への郷愁に胸を灼かれるやうな思ひをしながら、私は部屋に歸つて來た。本棚や本箱をひつくり返して、まだ殘つてゐる筈の・昔使つた「詩と眞實[デイヒトゥング・ウント・ワアルハイト]」を探して見たが、見付からなかつた。

取散らかされた書物の間で、暫くは、若さへの愛惜と、友情への飢渇とに、ぢつとしてはゐられないやうな・遣瀬ないとでもいふより言ひやうのない氣持であつた。