早朝に舞姫を読み返す👸🤵💑🤰

1 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 04:54:20 ID:TKPZ0o2Xa.net
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の?れがましきもやくなし、今宵は夜每にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。

83 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:47:26 ID:QIwDUcvM0.net

とらになるヤツからいつの間にか分かっとるやんけ

82 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:46:46 ID:Rf+SWXxc0.net

こんなもん国語の教科書に載せんなやって思った

88 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:49:34.99 ID:TKPZ0o2Xa.net

「幾階か持ちて行くべき。」と鑼の如く叫びし馭丁は、いち早く登りて梯の上に立てり。

53 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:27:20 ID:TKPZ0o2Xa.net

社の報酬はいふに足らぬほどなれど、棲家をもうつし、午餐に行く食店をもかへたらんには、微なる暮しは立つべし。
兎角思案する程に、心の誠を顯はして、助の綱をわれに投げ掛けたるはエリスなりき。
かれはいかに母を說き動かしけん、余は彼等親子の家に寄寓することとなり、エリスと余とはいつの間にか、有るか無きかの財產を合せて、憂きがなかにも樂しき月日を送りぬ。

99 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:53:03 ID:TKPZ0o2Xa.net

人事を知る程になりしは數週の後なりき。熱劇しくて譫語のみ言ひしを、エリスが慇にみとる程に、或日相澤は尋ね來て、余がかれに隱したる顚末を審らに知りて、大臣には病の事のみ吿げ、よきやうに繕ひ置きしなり。
余は始めて病牀に侍するエリスを見て、その變りたる姿に驚きぬ。彼はこの數週の內にいたく瘦せて、血走りし目は窪み、灰色の頰は落ちたり。相澤の助にて日々の生計には窮せざりしが、此恩人は彼を??的に殺したり。

50 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:25:44 ID:TKPZ0o2Xa.net

嗚呼、委く爰に寫し出さんも要なけれど、余が彼を愛づる心の俄に强くなりて、遂に離れ難き中となりしは此折なりけり。
我一身の大事は前に?りて、洵に危急存亡の秋なるに、この行ありしを訝かしみ、又た誹る人もあるべけれど、余がエリスを愛する情は、始めて相見し時よりあさくはあらぬに、いま我數奇を憐み、又た別離を悲みて伏し沈みたる面に、鬢の毛の解けてかゝりたる、その美しき、いぢらしき姿は、余が悲痛感慨の刺激によりて常ならずなりたる腦髓を射て、恍惚の間にこゝに及びしを奈何にせむ。

28 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:12:44 ID:TBa6b40hd.net

こいつ自己弁護しかしてないように見えるのがね

57 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:29:09 ID:TKPZ0o2Xa.net

我學問は荒みぬ。屋根裏の一燈微に燃えて、エリスが劇場よりかへりて、椅に寄りて縫ものなどする側の机にて、余は新聞の原稿を書けり。
昔しの法令條目の枯葉を紙上に搔寄せしには殊にて、今は活潑々たる政界の運動、文學美術に係る新現象の批評など、彼此と結びあはせて、力の及ばん限り、ビヨルネよりは寧ろハイネを學びて思を構へ、樣々の文を作りし中にも、引續きて維廉一世と佛得力三世との崩殂ありて、新帝の卽位、ビスマルク侯の進退如何などの事に就ては、故らに詳かなる報吿をなしき。
さればこの頃よりは思ひしよりも忙はしくして、多くもあらぬ藏書を繙き、舊業をたづぬることも難く、大學の籍はまだ刪られねど、謝金を收むることの難ければ。唯〻一つにしたる講筵だに往きて聽くことは稀なりき。

10 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:01:49 ID:TBa6b40hd.net

舞姫は長くて疲れるやろ

20 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:07:48.12 ID:TKPZ0o2Xa.net

官長はもと心のまゝに用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。獨立の思想を懷きて、人なみならぬ面もちしたる男をいかでか喜ぶべき。危きは余が當時の地位なりけり。されどこれのみにては、尙ほ我地位を覆へすに足らざりけんを、日比伯林の留學生の中にて、或る勢力ある一群と余との間に、面白からぬ關係ありて、彼人々は余を猜疑し、又遂に余を讒誣するに至りぬ。されどこれとても其故なくてやは。

87 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:49:17 ID:TKPZ0o2Xa.net

我心はこの時までも定まらず、故?を憶ふ念と榮達を求むる心とは、時として愛情を壓せんとせしが、唯だ此一刹那、低徊踟蹰の思は去りて、余は彼を抱き、彼の頭は我肩に倚りて、彼が喜びの淚ははら/\と肩の上に落ちぬ。

94 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:51:53.69 ID:TKPZ0o2Xa.net

最早十一時をや過ぎけん、モハビツト、カルヽ街通ひの鐵道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門の畔の瓦斯燈は淋しき光を放ちたり。立ち上がらんとするに足の凍えたれば、兩手にて擦りて、漸やく步み得る程にはなりぬ。

14 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:03:28 ID:TKPZ0o2Xa.net

さて官事の暇あるごとに、かねておほやけの許をば得たりければ、ところの大學に入りて政治學を修めむと、名を簿册に記させつ。

58 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:30:13 ID:TKPZ0o2Xa.net

我學問は荒みぬ。されど余は別に一種の見識を長じき。
そをいかにといふに、凡そ民間學の流布したることは、歐洲?國の間にて獨逸に若くはなからん。
幾百種の新聞雜誌に散見する議論には頗る高尙なるも多きを、余は通信員となりし日より、曾て大學に繁く通ひし折、養ひ得たる一隻の眼孔もて、讀みては又た讀み、寫しては又寫す程に、今まで一筋の道をのみ走りし知識は、自ら綜括的になりて、同?の留學生などの大かたは、夢にも知らぬ境地に到りぬ。
彼等の仲間には獨逸新聞の社說をだに善くはえ讀まぬがあるに。

97 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:52:34 ID:TKPZ0o2Xa.net

驚きしも宜なりけり、蒼然として死人に等しき我面色、帽をばいつの間にか失ひ、髮は蓬ろに亂れて、幾度か道にて跌き倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に汙れ、處々は裂けたれば。

100 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:53:20 ID:TKPZ0o2Xa.net

後に聞けば彼は相澤に逢ひしとき、余が相澤に與へし約束を聞き、又たかの夕べ大臣に聞え上げし一諾を知り、俄に坐より躍り上がり、面色さながら土の如く、「我豐太?ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」と叫び、その場に僵れぬ。相澤は母を呼びて共に扶けて床に臥させしに、暫くして醒めしときは、目は直視したるまゝにて傍の人をも見知らず、我名を呼びていたく罵り、髮をむしり、蒲團を嚙みなどし、また遽に心づきたる樣にて物を探り討めたり。母の取りて與ふるものをば悉く抛ちしが、机の上なりし襁褓を與へたるとき、探りみて顏に押しあて、淚を流して泣きぬ。

12 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:02:37 ID:zqEYbgTg0.net

せめて短編にしとけ

49 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:25:11 ID:TKPZ0o2Xa.net

余とエリスとの交際は、この時までは餘所目に見るより?白なりき。
彼は父の貧きがために、充分なる?育を受けず、十五の時に舞の師のつのりに應じて、この耻づかしき業を?へられ、「クルズス」果てゝ後、「ヰクトリア」座に出でゝ、今は場中第二の地位を占めたり。
されど詩人ハツクレンデルが當世の奴隸といひし如く、果なきは舞姬の身の上なり。
薄き給金にて繫がれ、晝の温習、夜の舞臺と緊しく使はれ、芝居の化粧部屋に入りてこそ紅粉をも粧ひ、美しき衣をも纒へ、場外にてはひとり身の衣食も足らず勝ちなれば、親腹からを養ふものはその辛苦奈何ぞや。
されば彼等の仲間にて、賤しき限りなる業に墮ちぬは稀なりとぞいふなる。
エリスがこれを逭れしは、おとなしき性質と、剛氣ある父の守護とに依りてなり。
彼は幼き時より物讀むことをば流石に好みしかど、手に入るは卑しき「コルポルタアジユ」と唱ふる貸本屋の小說のみなりしを、余と相識る頃より、余が借したる書を讀みならひて、漸く趣味をも知り、言葉の訛をも正し、いくほどもなく余に寄するふみにも誤字少なくなりぬ。
かゝれば余等二人の間には先づ師弟の交りを生じたるなりき。
我が不時の免官を聞きしときに、彼は色を失ひつ。
余は彼が身の事に關りしを包み隱したれど、彼は余に向ひて母にはこれを祕め玉へと云ひぬ。
こは母の余が學資を失ひしを知りて余を疎んぜんを恐れてなり。

25 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:11:15 ID:TKPZ0o2Xa.net

彼人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を

70 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:39:04.11 ID:TKPZ0o2Xa.net

大洋に舵を失ひしふな人が、遙なる山を望む如きは、相澤が余に示したる前途の方鍼なり。
されどこの山は猶ほ重霧の間に在りて、いつ往きつかんも、否、果して往きつけばとて、我中心に滿足を與へんも定かならず。
貧きが中にも樂しきは今の生活、棄て難きはエリスが愛。
わが弱き心には思ひ定めんよしなかりしが、姑く友の言に從ひて、この情緣を斷たんと約しき。
余は守る所を失はじと思ひて、おのれに敵するものには抗抵すれども、友に對して否とはえ對へぬが常なり。

36 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:17:28 ID:TKPZ0o2Xa.net

「君が家に送り行かんに、先づ心を鎭め玉へ。聲をな人に聞かせ玉ひそ。こゝは往來なるに。」彼は物語するうちに、覺えず我肩に倚りしが、この時ふと頭を擡げ、又た始てわれを見たるが如く、恥ぢて我側を飛びのきつ。

59 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:30:50 ID:onB2umJ4a.net

>>55
鏡物

8 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:01:07 ID:3nUg5/rt0.net

なんJってたまに文豪わくよな

24 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:10:41 ID:TKPZ0o2Xa.net

彼人々は余が俱に麥酒の杯をも擧げず、球突きの棒をも取らぬを、頑固なる心と欲を制する力とに歸して、且つは嘲けり且つは嫉みたりけん。
されど是れ余を知らねばなり。嗚呼、この故よしは、我身だに知らざりしを、怎でか人に知らるべき。
我心はかの合歡といふ木の葉に似て、物觸れば縮みて避けんとす。我心は處女に似たり。
余が幼き頃より長者の?を守りて、學の道をたどりしも、仕の道をあゆみしも、皆な勇氣ありて能くしたるにあらず、耐忍勉强の力と見えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きたるにて、人のたどらせたる道を、唯だ一條にたどりしのみ。
餘所に心の亂れざりしは、外物を棄てゝ顧みぬ程の勇氣ありしにあらず、唯〻外物に恐れて自ら我手足を縛せしのみ。
故?を立ちいづる前にも、我が有爲の人物なることを疑はず、又た我心の能く耐へんことをも深く信じたり。
嗚呼、彼も一時。舟の?濱を離るゝまでは、天?豪傑と思ひし身も、せきあへぬ淚に手巾を濡らしたるを我れ乍ら怪しと思ひしが、これぞなか/\に我本性なりける。
此心は生れながらにやありけん、又た早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。

81 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:46:45 ID:TKPZ0o2Xa.net

大臣は既に我に厚し。されどわが近眼は唯だおのれが盡したる職分をのみ見き。
余はこれに未來の望を繫ぐことには、?も知るらむ、絕えて想到らざりき。されど今こゝに心づきて、我心は猶ほ冷然たりし歟。
先に友の勸めしときは、大臣の信用は屋上の禽の如くなりしが、今は稍やこれを得たるかと思はるゝに、相澤がこの頃の言葉の端に、本國に歸りての後も俱にかくてあらば云々といひしは、大臣のかく宣ひしを、友ながらも公事なれば明には吿げざりし歟。
今更おもへば、余が輕卒にも彼に向ひてエリスとの關係を絕たんといひしを、早く大臣に吿げやしけん。

21 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:07:57.00 ID:TBa6b40hd.net

>>17
ヽはカタカナ専用やでひらがなのときはゝを使うんや
金子みすゞ こゝろ 學問ノスヽメ やで覚えとき

89 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:49:59.27 ID:TKPZ0o2Xa.net

戶の外に出迎へしエリスが母に、馭丁を勞ひ玉へと銀貨をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。
一瞥して余は驚きたり、机の上には白き木綿、白き「レエス」などを堆く積み上げたりければ。

34 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:16:33.80 ID:TKPZ0o2Xa.net

「我を救ひ玉へ、君。わが耻なき人とならんを。母はわが彼の言葉に從はねばとて、我を打ちき。父は死にたり。明日は葬らでは協はぬに、家に一錢の貯だになし。」

60 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:31:13 ID:3nUg5/rt0.net

エリス出たら起こして

65 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:34:04 ID:TKPZ0o2Xa.net

「何、富貴。」余は微笑したり。
「政治社會などに出でんの望みは絕ちしより幾年をか經ぬるを。大臣は見たくもなし。唯年久しく別れたりし友にこそ逢ひには行け。」エリスが母の呼びし一等「ドロシユケ」は、輪下にきしる雪道を窻の下まで來ぬ。
余は手袋をはめ、少し汚れたる外套を背に被ひて手をば通さず、帽を取りてエリスに接吻して樓を下りつ。
彼は凍りし窻を明け、亂れし髮を朔風に吹かせて余が乘りし車を見送りぬ

46 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:23:50 ID:sqUrtj7y0.net

これ実際当時でも炎上したらしいな

75 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:41:39 ID:TKPZ0o2Xa.net

此日は飜譯の代に、旅費さへ添へて賜はりしを持て歸りて、飜譯の代をばエリスに預けつ。
これにて魯西亞より歸り來んまでの費をば掩ひつべし。彼は醫者に見せしに常ならぬ身なりといふ。
貧血の性なりしゆゑ、幾月か心づかでありけん。
座頭よりは休むことのあまりに久しければ籍を除いたりと言ひおこしつ。
また一月ばかりなるに、かく嚴しきは故あればなるべし。
旅立の事にはいたく心を惱ますとも見えず。僞りなき我心を厚く信じたれば。

79 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:45:06.33 ID:TKPZ0o2Xa.net

また程經てのふみは頗る思ひせまりて書きし如くなりき。
文をば否といふ字にて起したり。否、君を思ふ心の深き底をば今ぞ知りぬる。
君は故里にもしき族なしとのたまへば、此地に善き世渡のたつきあらば、留り玉はぬことやはある。
又我愛にて繫ぎ留めでは止まじ。
それも恊はで東に還り玉はんとならば、親と共に往かんは易けれど、か程に多き路用を何處よりか得ん。
怎なる業をなしても此地に留りて、君が世に出で玉はん日をこそ待ためと常には思ひしが、暫しの旅とて立出で玉ひしよりこの二十日ばかり、別離の思は日にけに茂りゆくのみ。
袂を分つはたゞ一瞬の苦艱なりと思ひしは迷なりけり。
我身の常ならぬが漸くにしるくなりし、それさへあるに、縱令いかなることありとも、我をば努な棄て玉ひそ。母とはいたく爭ひぬ。
されど我身の過ぎし頃には似で思ひ定めたるを見て心折れぬ。
わが東に往かん日には、ステツチンわたりの農家に、遠き緣者あるに、身を寄せんとぞいふなる。
書きおくり玉ひし如く、大臣の君に重く用ゐられ玉はゞ、我路用の金は兎も角もなりなん。今は只管君がベルリンに還へり玉はん日を待つのみ。

68 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:35:10 ID:TKPZ0o2Xa.net

食卓にては彼多く問ひて、我多く答へき。彼が生路は槪ね平滑なりしに、轗軻數奇なるは我身の上なりければなり。

91 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:50:38.68 ID:TKPZ0o2Xa.net

エリスは打笑みつゝこれを指して。「何とか見玉ふ、この心がまへを。」といひつゝ一つの木綿ぎれを取上げしを見れば襁褓なりき。
「わが心の樂しさを思ひ玉へ。產まれん子は君に似てき瞳子をや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君がき瞳子なり。產れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」彼は頭を垂れたり。
「穉しと笑ひ玉はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」見上げたる目には淚滿ちたり。

66 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:34:47 ID:TKPZ0o2Xa.net

余が車を下りしは「カイゼルホオフ」の入口なり。
門者に祕書官相澤が室の番號を問ひて、久しく踏み慣れぬ大理石の梯を登り、中央の柱に「プリユツシユ」を被ひし「ゾフア」を据ゑつけ、正面には鏡を立てたる前房に入りぬ。
外套をばこゝにて脱ぎ、廊をつたひて室の前まで往きしが、余は少し踟蹰したり。
同じく大學に在りし日に、余が品行の方正なるを激賞したる相澤が、けふは怎なる面もちして出迎ふらん。
室に入りて相對して見れば、形こそ舊に比ぶれば肥えて逞ましくなりたれ、依然たる快活の氣象、我失行をもさまで意に介せざりきと見ゆ。
別後の情を細叙するにも遑あらず、引かれて大臣に謁し、委托せられしは獨逸語にて記せる文書の急を要するを飜譯せよとの事なり。
余が文書を受領して大臣の室を出でし時、相澤は跡より來て余と午餐を共にせんといひぬ。

61 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:31:15 ID:TKPZ0o2Xa.net

明治廿一年の冬は來にけり。表街の人道にてこそ沙をも蒔け、鍪をも揮へ、クロステル街のあたりは凸凹坎坷の處は見ゆめれど、表のみは一面に氷りて、朝に戶を開けば飢ゑ凍えし雀の落ちて死にたるも哀れなり。
室を温め、竈に火を焚きつけても、壁の石を徹し、衣の綿を穿つ北歐羅巴の寒さは、なか/\に堪へがたかり。
エリスは二三日前の夜、舞臺にて卒倒しきとて、人に扶けられて歸り來しが、それより心地あしとて休み、もの食ふごとに吐くを、惡阻といふものならんと始めて心づきしは母なりき。
嗚呼、さらぬだに覺束なきは我身の行末なるに、若し眞なりせばいかにせまし。

17 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:05:14.90 ID:sqUrtj7y0.net

つれ/\なるまヽにって感じね
これマメね

84 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:48:10 ID:TKPZ0o2Xa.net

嗚呼、獨逸に來し初に、自ら我本領を悟りきと思ひて、また器械的人物とはならじと誓ひしが、こは足を縛して放たれし鳥の暫し?を動かして自由を得たりと誇りしにはあらずや。
足の絲は解くに由なし。曩にこれを繰つりしは、我某省の官長にて、今はこの絲、あなあはれ、天方伯の手中に在り。余が大臣の一行と俱にベルリンに歸りしは、恰も是れ新年の旦なりき。
停車場に別を吿げて、我家をさして車を驅りつ。
こゝにては今も除夜に眠らず、元旦に眠るが習なれば、萬戶寂然たり。寒さは强く、路上の雪は稜角ある氷片となりて、?れたる日に映じ、きら/\と輝けり。
車はクロステル街に曲りて、家の入口に駐まりぬ。
この時窓を開く音せしが、車よりは見えず。
馭丁に「カバン」持たせて梯を登らんとする程に、エリスの梯を駈け下るに逢ひぬ。
彼が一聲叫びて我頸を抱きしを見て馭丁は呆れたる面もちにて、何やらむ髭の內にて云ひしが聞えず。

4 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 04:56:18 ID:sqUrtj7y0.net

なんj高校の国語の教科書復習部

16 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:04:42.27 ID:TKPZ0o2Xa.net

ひと月ふた月と過す程に、おほやけの打合せも濟みて、取調も次第に捗りければ、急ぐことをば報吿書に作りて送り、さらぬをば寫し留めて、つひには幾卷をかなしけむ。
大學のかたにては、穉き心に思ひ計りしが如く、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、此か彼かと心迷ひながらも、二三の法家の講筵に列ることにおもひ定めて、謝金を收め、往きて聽きつ。

80 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:45:50 ID:TKPZ0o2Xa.net

嗚呼、余は此書を見て始めて我地位を明視し得たり。耻かしきはわが鈍き心なり。余は我身一つの進退につきても、又た我身に係らぬ他人の事につきても、果斷ありと自ら心に誇りしが、此果斷は順境にのみありて、逆境にはあらず。我と人との關係を照さんとするときは、?みし胸中の鏡は曇りたり。

85 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:48:30 ID:TKPZ0o2Xa.net

「善くぞ歸り來玉ひし。歸り來玉はずば我命は絕えなんを。」

9 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:01:35 ID:7bkUp71/0.net

山月記ちゃうんか

92 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:51:17.30 ID:TKPZ0o2Xa.net

二三日の間は大臣をも、たびの疲れやおはさんとて敢て訪らはず、家にのみ籠り居りしが、或る日の夕暮使して招かれぬ。
往きて見れば待遇殊にめでたく、魯西亞行の勞を問ひ慰めて後、われと共に東に歸へる心はなきか、君が學問こそわが測り知る所ならね、語學のみにて世の用をばなすべし、滯留の餘りに久しければ、樣々の係累もあらんと、相澤に問ひしに、さることなしと聞きて落居たりと宣ふ。
その氣色辭むべくもあらず。あなやと思ひしが、流石に相澤の言を僞なりともいひ難きに、若しこの手にしも縋らずば、本國をも失ひ、名譽を挽きかへさん道をも絕ち、身はこの廣漠たる歐洲大の人の海に葬られんかと思ふ念、心頭を衝て起れり。
嗚呼、何等の特操なき心ぞ、「承はり侍り」と應へたるは。

74 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:40:52 ID:TKPZ0o2Xa.net

一月ばかり過ぎて、或る日伯は突然われに向ひて。「余は明旦、魯西亞に向ひて出發すべし。隨ひて來べきや、」と問ふ。
余は數日間、かの公務に遑なき相澤を見ざりしかば、此問は不意に余を驚かしつ。
「いかで命に從はざらむ。」余は我耻を表はさん、この答はいち早く決斷していひしにあらず。
余はおのれが信じて?む心を生じたる人に、卒然ものを問はれたるときは、咄嗟の間、其答の範圍を善くも量らず、直ちにうべなふことあり、さてうべなひし上にて、そのなし難きに心づきても、强て當時の心虛なりしを掩ひ隱し、耐忍してこれを實行すること屢々なり。

35 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:17:00 ID:TKPZ0o2Xa.net

跡は欷歔の聲のみ。我眼はこのうつむきたる少女の顫ふ項にのみ注ぎたり。

29 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:13:18 ID:TKPZ0o2Xa.net

或る日の夕暮なりしが、余は獸苑を漫步して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、我がモンビシユウ街の僑居に歸らんと、クロステル巷の古寺の前に來ぬ。
余は彼の燈火の海を渡り來て、この狹く薄暗き巷に入り、樓上の木欄に干したる敷布、襦袢などまだ取入れぬ人家、頰髭長き猶太?徒の翁が戶前に佇みたる居酒屋、一つの梯は直ちに樓に達し、他の梯は穴居の鍛冶が栖家に通じたる貸家などに向ひて、凹字の形に引籠みて立てる、此三百年前の遺跡を望む每に、心の恍惚となりて暫し佇みしこと幾度なるを知らず。

52 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:26:41 ID:TKPZ0o2Xa.net

此時余を助けしは今我同行の一人なる相澤謙吉なり。彼は東京に在りて、既に天方伯の祕書官たりしが、余が免官の官報に出でしを見て、某新聞紙の編輯長に說きて、余を社の通信員となし、伯林に留まりて政治學藝の事などを報道せしむることとなしつ。

42 :風吹けば名無し:2020/08/21(金) 05:21:51 ID:TKPZ0o2Xa.net

少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辭別のために出したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き淚を我手の背に濺ぎつ。