明け方へと山月記を読み返す 🌖⛰🐅

1 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:01:55 ID:dq+vdnAz0.net
🐯・・・

36 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:16:31.19 ID:dq+vdnAz0.net

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

48 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:27:04 ID:dq+vdnAz0.net

 S島がナポレオンの存在に困るからとて、T島にやつたのでは、同じ樣な無氣力者の寄合に違ひないT島でも矢張この少年に手古摺るに違ひない。

もつと他に何か方法は無いものか。たとへばコロールの街で嚴重な監視の下に勞役に從はせるとか、さういふ風な。

それに、一體、此の流刑といふ古風な刑罰を少年に課してゐるのは、どういふ法律なのだらう? 日本人の籍をもたぬ彼等島民、殊に其の未成年者には、どんな法律が設けられてゐるのだらう? 

同じ南洋の官吏でゐながら、まるで方面違ひの、おまけに極く新米の私は、そんな事に全然無知だつたので、少し訊ねて見たかつたのだが、相手の機嫌を幾らか損じたらしい際でもあり、傍にゐる島民巡警への顧慮も手傳つて、それは控へることにした。

「晝頃にはS島に着くやうなことを船長は言つとつたが、此の間みたいに半日も流されて、行過ぎとるなんてことがあるから、あてにはなりませんなあ。」

 警官は話を換へて、そんなことを言ひ、伸びをしながら、眼を海の方に向けた。私も亦それにつられて、何といふこともなく、目を細くして眩しい海と空とを眺めた。

48 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:27:04 ID:dq+vdnAz0.net

 S島がナポレオンの存在に困るからとて、T島にやつたのでは、同じ樣な無氣力者の寄合に違ひないT島でも矢張この少年に手古摺るに違ひない。

もつと他に何か方法は無いものか。たとへばコロールの街で嚴重な監視の下に勞役に從はせるとか、さういふ風な。

それに、一體、此の流刑といふ古風な刑罰を少年に課してゐるのは、どういふ法律なのだらう? 日本人の籍をもたぬ彼等島民、殊に其の未成年者には、どんな法律が設けられてゐるのだらう? 

同じ南洋の官吏でゐながら、まるで方面違ひの、おまけに極く新米の私は、そんな事に全然無知だつたので、少し訊ねて見たかつたのだが、相手の機嫌を幾らか損じたらしい際でもあり、傍にゐる島民巡警への顧慮も手傳つて、それは控へることにした。

「晝頃にはS島に着くやうなことを船長は言つとつたが、此の間みたいに半日も流されて、行過ぎとるなんてことがあるから、あてにはなりませんなあ。」

 警官は話を換へて、そんなことを言ひ、伸びをしながら、眼を海の方に向けた。私も亦それにつられて、何といふこともなく、目を細くして眩しい海と空とを眺めた。

14 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:07:27.69 ID:jdRYx9JI0.net

ドラフトでくじがはずれてキレる虎の話やっけ?

19 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:09:57.48 ID:gwnsKpoj0.net

まだか

13 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:07:04.84 ID:dq+vdnAz0.net

 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊つた夜のこと、一睡してから、ふと眼を覺ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでゐる。聲に應じて外へ出て見ると、聲は闇の中から頻りに自分を招く。

覺えず、自分は聲を追うて走り出した。

無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走つてゐた。

何か身體中に力が充ち滿ちたやうな感じで、輕々と岩石を跳び越えて行つた。

氣が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じてゐるらしい。

少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

31 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:15:02 ID:HugwZRcv0.net

謎定期

24 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:12:06 ID:dq+vdnAz0.net

>>16
なろうと山月記読みやすさそんなに変わらんやろ

57 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:39:54 ID:4KClRKys0.net

これ中国語か?

全然読めへん

45 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:23:25 ID:dq+vdnAz0.net

「ナポレオンを召捕りに行くのですよ」と若い警官が私に言つた。パラオ南方離島通ひの小汽船、國光丸の甲板の上である。

「ナポレオン?」

「ええ、ナポレオンですよ」と若い警察官は私の驚きを期待してゐたやうに笑ひながら言つた。
「ナポレオンといつても、島民ですがね。島民の子供の名前です。」

 島民には隨分變つた名前が色々とある。昔は基督教の宣教師に命名して貰ふことが多かつたので、マリヤとかフランシスなどといふのが多く、又、以前獨逸領だつた關係からビスマルクなどといふのも時にあつたが、ナポレオンは珍しい。

しかし、私の知つてゐる他の島民の名前、シチガツ(七月に生れたのであらう)、ココロ(心?)、ハミガキ等に比べれば、何といつても堂々たる名前には違ひない。もつとも、その餘り堂々とし過ぎてゐる點が可笑しいのには違ひないが。

 甲板に張られたカンヴァスの日覆の下で、私は色の黒い不良少年、ナポレオンの話を聞いた。

43 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:22:42.98 ID:2yvLKWGc0.net

>>40
秀吉はやるで
この時点で秀秋は10歳やからまだ早いってことやろな

4 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:02:44.45 ID:n/Pi/g3j0.net

サンキューイッチ

52 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:32:08.92 ID:oRwQiCaxd.net

感動した

10 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:05:56.54 ID:dq+vdnAz0.net

 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。

李徴の聲が答へて言ふ。自分は今や異類の身となつてゐる。どうして、おめゝゝと故人の前にあさましい姿をさらせようか。且つ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決つてゐるからだ。

しかし、今、圖らずも故人に遇ふことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懷かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜惡な今の外形を厭はず、曾て君の友李徴であつた此の自分と話を交して呉れないだらうか。

 後で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

35 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:16:16.39 ID:dq+vdnAz0.net

 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

41 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:21:16.82 ID:dq+vdnAz0.net

ナポレオン 中島敦

65 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:53:35 ID:DVRP6ycU0.net

趣深かったンゴ

7 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:04:06 ID:dq+vdnAz0.net

一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

17 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:08:34.01 ID:dq+vdnAz0.net

それ以來今迄にどんな所行をし續けて來たか、それは到底語るに忍びない。

ただ、一日の中に必ず數時間は、人間の心が還つて來る。さういふ時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雜な思考にも堪へ得るし、經書の章句をも誦ずることも出來る。

その人間の心で、虎としての己の殘虐な行のあとを見、己の運命をふりかへる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

32 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:15:12 ID:dq+vdnAz0.net

さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。

己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。
山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。

恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

2 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:02:01 ID:dq+vdnAz0.net

山月記  中島敦

60 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:42:46.61 ID:dq+vdnAz0.net

 次の朝、即ちS島を出てから二日目の朝、船は漸くT島に着いた。此の航路の終點でもあり、ナポレオン少年の新しい配流地でもある。

堡礁内の淺い緑色の水、眞白い砂と丈高い椰子樹の遠望、汽船目懸けて素速く漕寄せて來る數隻のカヌー、其のカヌーから船に上つて來ては船員の差出す煙草や鰯の罐詰などと自分等の持ち來たつた鷄や卵などとを交換しようとする島民共、
さては、濱に立つて珍しげに船を眺める島人等。それらは何處の島も變りはない。

 迎への獨木舟が着いた時、巡警は、まだ同じ姿勢で椰子バスケットの間に寢ころがつてゐるナポレオン(彼は到頭丸二日間、強情に一口も飮食しなかつたのださうだ)に其の旨を告げ、足の繩を解いて引起した。

ナポレオンは大人しく立上つたが、巡警が尚も其の腕を取つて警官の方へ引張らうとした時、憤然とした面持で、島民巡警を不自由な肱で突き飛ばした。

突き飛ばされた巡警の愚鈍さうな顏に、瞬間、驚きと共に一種の怖れの表情が浮かんだのを私は見逃さなかつた。

ナポレオンは獨りで警官の後についてタラップを降りた。カヌーに移り、やがてカヌーから岸に下り立ち、二三の島の者と共に警官について椰子林の間に消えて行くのを、私は甲板から見送つた。

23 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:11:37.50 ID:dq+vdnAz0.net

 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷

25 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:12:39 ID:dq+vdnAz0.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。
勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

55 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:36:59.90 ID:dq+vdnAz0.net

 忽ち船の上はごつた返しの騷ぎとなつた。船尾にゐた二人の島民水夫が其の場から海に跳び込んで脱走者の後を追うた。二人とも二十歳を越えたばかりと思はれる逞しい青年だ。

脱走者と追跡者との距離は見るゝゝ縮まつて行くやうに見えた。濱邊で船を見送つてゐた島の連中も漸く氣が付いたらしく、ナポレオンの泳ぎ着かうとする方角に向つて、白い砂の上をバラヾヽと駈けて行く。

 思ひがけない活劇に、私は欄干に凭つてかたづを呑んだ。之は又、目も醒めるばかり鮮やかな色彩の世界を背景にした南海の捕りものである。

私は餘程嬉しさうな顏をして眺めてゐたに違ひない。「面白いですなあ!」と聲を掛けられて氣が付くと、何時の間にか隣に船長が(どういふ譯か、此の船長は何時見ても多少の酒氣を帶びてゐないことはない)來てゐたのである。

彼も亦のんびりとパイプの煙をふかしながら、映畫でも見るやうに樂しげに海の活劇を見下してゐた。

巧くナポレオンが濱に泳ぎ着いて、さて島内の森の中へでも逃げおほせて呉れればいいと、どうやらそんな事を考へてゐたらしい自分に氣が付いて、私は苦笑した。

 だが、結果は案外あつけなかつた。結局、汀から二十間ばかりの・丈の立つ所迄來た時、ナポレオンは追ひ付かれた。

竝よりも身體の小さい少年一人と、堂々たる體格の青年二人とでは、結果は問ふ迄もない。少年は二人に兩腕を取られて引立てられ、濱に上つた迄は見えたが、島の連中が忽ち取卷いて了つたので、あとは良く見えなくなつた。

26 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:13:08.63 ID:dq+vdnAz0.net

己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。
かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。
己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

12 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:06:40.12 ID:i9zdupBBa.net

なんJタイガー🐯

6 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:03:49 ID:dq+vdnAz0.net

數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。

一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

彼は怏々として樂しまず、狂悖の性は愈々抑へ難くなつた。

39 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:20:14 ID:2yvLKWGc0.net

1592年(天正20年)10月2日付豊臣秀吉朱印状 小早川秀秋(丹波中納言)宛

一、学問に心かけらるへき事

一、鷹野むようたるへき事

一、きやう水(行水)つほねかたにてすへき事

一、はくろ(歯黒)二日ニ一とつゝつけらるへき事

一、五日に一度つめ(爪)とるへき事
付、近所ニ召遣候者共、身持きれいニ可申付事、

一、小袖うつくしき物をゑもん(衣紋)たゝ敷(正しく)きらるへき事、

一、諸事山口(宗永)意見ニつくへき事、

右条々あひそむくに付てハ御中(仲)をたかはるへき条、よくよく分別しかるへく候也、

天正廿年十月二日 (秀吉朱印)

丹波中納言殿

47 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:26:02 ID:dq+vdnAz0.net

 私と今話してゐる警察官がナポレオンを召捕りに來たのは、此の少年に改悛の情無しと見たパラオ支廳の警務課が、彼の流刑の期間を延長し、その上流竄地をS島よりも更に南方遙か隔たつたT島に變更することに決めたためである。

警官は、此の用件と、もう一つ僻遠諸離島の人頭税取立てとを兼ねて、一人の島民巡警を引連れ、内地人の乘ることなど殆ど無い・そして年に僅か三囘位しか通はない此の離島航路の小船に乘つたのであつた。

「ナポレオン先生、大人しく此の船に乘せられて、T島に移りますかな?」と私が言ふと、「なあに、いくら惡[わる]だと云つたつて、たかが島民の子供ぢやないですか。問題ぢやない」と警官がむきになつて答へた。
其の聲に、今迄の會話の調子と違つて、意外にも若干の憤激の調子が感じられ、ああ、私の今の言葉は島民の前には絶對權威をもつ警官への多少の侮蔑に當るのかも知れぬと氣が付いた。

30 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:14:34.07 ID:dq+vdnAz0.net

己れには最早人間としての生活は出來ない。たとへ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作つたにした所で、どういふ手段で發表できよう。

まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。

どうすればいいのだ。

己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

38 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:17:46.08 ID:dq+vdnAz0.net

>>28
人間は誰でも猛獣使いなんや
それなのに李徴はエリートやけどお前はエリートじゃないじゃんとか言う人間は自分も猛獣使いやと知らんのや

63 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:45:26 ID:dq+vdnAz0.net

 船が愈々汽笛を鳴らして船首を外海に向け始めた時、ナポレオンが居竝ぶ島民等と共に船に向つて手を振つたのを、私は確かに見た。

あの強情な不貞腐れた少年が、一體どうしてそんな事をする氣になつたものか。島に上つて腹一杯芋を喰つたら、船中の憤懣もハンガー・ストライキも凡て忘れて了つて、たゞ少年らしく人々の眞似をして見たくなつたのだらうか。

或ひは、其處の言葉は既に忘れて了つても、矢張パラオが懷しく、そこへ歸る船に向つて、つい手を振る氣になつたのだらうか。どちらとも私には判らない。

 國光丸はひたすら北へ向つて急ぎ、小ナポレオンのためのセント・ヘレナは、やがて灰色の影となり、煙の如き一線となり、一時間後には遂に完全に、青焔燃ゆる大圓盤の彼方に沒し去つた。

50 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:30:12.36 ID:dq+vdnAz0.net

 午[ひる]近く、船は珊瑚礁の罅隙の水道を通つて灣に入つた。S島だ。黒き小ナポレオンのゐるといふエルバ島である。

 低い・全然丘の無い・小さな珊瑚島だ。緩く半圓を描いた渚の砂は――珊瑚の屑は、餘りにも眞白で眼に痛い。
年老いた椰子樹の列が青い晝の光の中に亭々と聳え立ち、その下に隱見する土人の小舍がひどく低く小さく見える。二三十人の土民男女が濱に出て、眼をしかめたり小手を翳したりしながら、我々の船の方を見てゐる。

 潮の關係で、突堤には着けられなかつた。岸から半丁程離れて船が泊ると、迎への獨木舟カヌーが三隻水を切つて近寄つた。見事に赤銅色をした逞しい男が、眞赤な褌一つで漕いで來る。近付くと、彼等の耳に黒い耳輪の下つてゐるのが見えた。

「では、行つて來ます」と警官はヘルメットを手に取りながら挨拶し、巡警を從へて甲板から降りて行つた。

 此の島には三時間しか泊らないことになつてゐる。私は上陸しないことにした。ひとへに暑さを恐れたためである。

 晝食を下で濟ませてから、又甲板へ上つて來た。外海の濃藍色とは全然違つて、堡礁リーフ内の水は、乳に溶かした翡翠だ。

船の影になつた所は、厚い硝子の切斷部のやうな色合に、特に澄み透つて見える。

エンヂェル・フィッシュに似た黒い派手な竪縞のある魚と、さよりの樣な飴色の細い魚とが盛んに泳いでゐるのを見下してゐる中に、眠くなつて來た。先刻警官の睡つた寢椅子に横になると、直ぐに寢て了つた。

9 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:05:11.47 ID:dq+vdnAz0.net

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

21 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:10:47.03 ID:dq+vdnAz0.net

 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の聲の語る不思議に聞入つてゐた。聲は續けて言ふ。

 他でもない。自分は元來詩人として名を成す積りでゐた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至つた。曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。

所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。之を我が爲に傳録して戴き度いのだ。

何も、之に仍つて一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂はせて迄自分が生涯それに執著した所のものを、一部なりとも後代に傳へないでは、死んでも死に切れないのだ。

 袁傪は部下に命じ、筆を執つて叢中の聲に隨つて書きとらせた。李徴の聲は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一讀して作者の才の非凡を思はせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次の樣に感じてゐた。成程、作者の素質が第一流に屬するものであることは疑ひない。しかし、この儘では、第一流の作品となるのには、何處か(非常に微妙な點に於て)缺ける所があるのではないか、と。

49 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:28:30.15 ID:dq+vdnAz0.net

 底拔けの上天氣である。何といふ光り輝く青さだらう、海も空も。

澄み透る明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄の中に融け去つたかと思ふと、其の下から、今度は、一目見ただけで忽ち全身が染まつて了ひさうな華やかな濃藍の水が、擴がり、膨らみ、盛上つて來る。

内に光を孕んだ豐麗極まりない藍紫色の大圓盤が、船の白塗の欄干てすりの上になり下になりして、とてつもなく大きく高く膨れ上り、さて又ぐうんと低く沈んで行く。

紺青鬼[こんじやうき]といふ言葉を私は思出した。それがどんな鬼か知らないが、無數の眞蒼な小鬼共が白金の光耀粲爛たる中で亂舞したら、或ひは此の海と空の華麗さを呈するかも知れないと、そんなとりとめない事を考へてゐた。

 暫くして、餘りの眩ゆさに海から眼を外らして前を見ると、つい先刻まで私と話してゐた若い警官は、布製の寢椅子に凭つたまゝ、既に快げな寢息を立ててゐた。

42 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:22:37.12 ID:MsuORIU00.net

中島敦は李陵だろ

40 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:21:04.09 ID:dq+vdnAz0.net

>>39
秀吉鷹狩りやらんのか

64 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:46:40.30 ID:dq+vdnAz0.net

(『環礁』昭和17年11月發表)

54 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:34:46.72 ID:dq+vdnAz0.net

 午後三時、愈々出帆だ。ゴトヾヽいふエンヂンの音と共に船體が輕く上下に搖れ出した。

 私は警官と甲板の椅子に凭つて(我々二人だけが一等船客だつたので何時も一緒にゐない譯に行かないのである)島の方を見てゐた。其の時、我々の傍に立つてゐた例の島民巡警が「アレ!」と頓驚な聲を出して、我々の背後を指さした。

直ぐ其の方向に振向いた時、私は、今しも白塗の欄干[てすり]を越えて海の上へと躍つた島民少年の後姿を見た。慌てて我々は欄干の所へ駈け寄つた。既に脱走者は船から七八間離れた渦の中を船尾を廻つて鮮やかに島の方へと泳いでゐた。

「停めろ! 船を停めろ!」と警官が喚いた。「ナポレオンが逃げたぞ。」

61 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:43:32.23 ID:dq+vdnAz0.net

 此處で七八人の島民船客が椰子バスケットを獨木舟に積込んで下りて行つたのと入違ひに、ここからパラオへ行かうとする十人餘りが同じ樣な椰子バスケットを擔いで乘込んで來た。
無理に大きく引伸ばした耳朶に黒光りのする椰子殼製の輪をぶら下げ、首から肩・胸へかけて波状の黥[いれずみ]をした・純然たるトラック風俗である。

 一時間程すると、警官と巡警とが船に戻つて來た。ナポレオン配流のことを島民等に言つて聞かせ、その身柄を村長に託して來たのである。

51 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:32:01.78 ID:dq+vdnAz0.net

 タラップを上つて來る足音と人聲とに目を醒ますと、もう警官と巡警とが歸つて來てゐた。傍に、褌一つの島民少年を連れてゐる。

「あゝ、これですか。ナポレオンは。」

「ハア」と頷くと、警官は少年を、甲板の隅の索具等の積んである邊へ向けて突き飛ばした。「その邊へしやがんどれ。」

 警官の背後[うしろ]から巡警が(二十歳[はたち]になつたかならない位の、愚鈍さうな若者だ)何か短く少年に言つた。警官の言葉を通譯したのであらう。

少年は不貞腐れたやうな一瞥を我々に投げてから、其處にあつた木箱に腰を下し、海の方を向いて了つた。

 島民としては甚だ眼が小さいが、ナポレオン少年の顏は別に醜いといふ譯ではない。さうかと云つて(大抵の邪惡な顏には何處か狡い賢さがあるものだが)惡賢いといふ柄でもない。

賢さなどといふものは全然見られぬ・愚鈍極まる顏でありながら、普通の島民の顏に見られる・あのとぼけたをかしさがまるで無い。
意味も目的も無い・まじりけの無い惡意だけがハツキリ其の愚かしい顏に現れてゐる。
先程警官から聞かされた此の少年のコロールでの殘忍な行爲も、成程この顏ならやりさうだと思はれた。

たゞ、豫期に反したのは、其の體躯の小さいことである。島民は概して二十歳前に成長し切つて了ふので、十五六にもなれば、實に見事な體格をしてゐる者が多い。
殊に性的な犯行をする程早熟な少年ならば、屹度體躯もそれに伴つて充分發達してゐるだらうと思つたのに、これは又、痩せてひねこびた猿のやうな少年である。
斯んな身體の少年が、どうして(未だに家柄の次には腕力が最もものを言ふ筈の)島民の間で衆人を懼れさせることが出來るか、誠に不可思議に思はれた。

18 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:09:28.89 ID:K1xLL7p/a.net

ふむ

28 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:13:39.18 ID:n7dZAKSp0.net

ワイらと違って李徴はクソエリートなのに親近感を覚える

11 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:06:11.14 ID:dq+vdnAz0.net

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。

8 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:04:34 ID:dq+vdnAz0.net

翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。
袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

15 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:07:49.39 ID:dq+vdnAz0.net

自分は初め眼を信じなかつた。次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。
どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。

46 :風吹けば名無し:2019/10/18(金) 05:25:01.66 ID:dq+vdnAz0.net

 ナポレオンは二年前迄コロールの街にゐたのだが、公學校三年生の時、年下の女の兒にひどく惡性の嗜虐症的な惡戲をして、其の兒を殆ど死に瀕せしめたといふ。

其の他之に類する事件を二つ三つ引起し、更に竊盜なども働いたらしく、一昨年十三歳の時に、未成年者への罰として、コロールから遙か離れた南方のS島へ流されたのである。

名目上はパラオ諸島に屬してゐるものの、之等南方離島は地質的にも全然別の島だし、住民もずつと東方の中央カロリン系のものなので、言語習慣もパラオとはまるで變つてゐる。
流石の惡少年ナポレオンも最初は大分閉口したらしいが、環境に適應する(といふより之を克服する)不思議な才能を備へてゐると見え、半年も經たぬ間に、S島でももてあます跳梁ぶりを示し始めた。

島の少年共を脅迫したり、娘や人妻に怪しからぬ振舞をして困るからとの陳情が、島の村長から大分前にパラオ支廳の方へ來てゐるといふ。そんな惡少年は島の内で制裁すればいいと思はれるのに、それがどうして、島の成人[おとな]達が逆に怯えてゐる有樣なのださうだ。

S島は人口も極めて少く、それも年々減少しつゝある、謂はば廢島に近い島なのだが、僅か十五六歳の少年一人を抑へかねる程、住民等も元氣が無いのであらうか。

62 :風吹けば名無し:2019/10/18(Fri) 05:44:42 ID:dq+vdnAz0.net

 出帆は午後になつた。

 例によつて濱邊には見送りの島の者がずらりと竝んで別を惜しんでゐる。(一年に三四囘しか見られない大きな船が發つのだから。)

 陽除の黒眼鏡を掛けて甲板から濱邊を眺めてゐた私は、彼等の列の中に、どうもナポレオンらしい男の子を見付けた。
オヤと思つて隣にゐた巡警に確かめて見ると、やはり、ナポレオンに違ひないと言ふ。

大分離れてゐるので、表情迄は分らないが、今はもうすつかり縛めを解かれて、心なしか、明るく元氣になつたらしく見える。
隣りに自分より少し小柄の子供を二人連れ、時々話し合つてゐるのは、既に――上陸後三時間にして早くも乾兒[こぶん]を作つて了つたのだらうか?