明け方に山月記を読み返す🌕🏔🐅

1 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:09:21.09 ID:IbJiY1VX0.net
🐯・・・

23 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:19:49.96 ID:2VHRPJOf0.net

神定期

44 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:29:30.71 ID:IbJiY1VX0.net

>>41
その字は知らんわ正字やなくて異体字やないのか
戦前だからって全部旧字とも限らんし

67 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:47:48.88 ID:IbJiY1VX0.net

「割烹のTな、女のくせに僕よりたんと取りよるんや。はじめの交渉の仕方一つで、どうにでもなるんで、決つた標準は無いのやでなあ。目茶や、まるで。」

 この前に一度この表を見せた時も、同じやうな言葉で、Tといふ割烹の教師のことを言つてゐた。今見ると、Tの名前の上だけは、赤鉛筆に副へて青鉛筆でも濃く何本か棒が引かれてゐる。

「それで、あんまり目茶やから、僕、校長の所へ言ひに行つたんですよ。とにかく此方こつちは教育を受けた年限も長いんやから、心臟が強い云はれるかも知らんけど、なんぼでもよいからTさんより上にして下さい言うたんですよ。
さうしたら、成程、尤もだから、では、Tさんより三圓だけ多くしませう、いうて。三圓やで。たつた。それでも今よりは、まあ良いけど。」

61 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:42:39 ID:IbJiY1VX0.net

 蠅を持つて歸らうとしてゐると、後から國語の教師の吉田が追ひかけて來て、丁度自分も歸るからとて一緒に歩き出す。何か話し度くてたまらぬことがあるらしい。M・ベエカリイに寄つて茶を飮みながら一時間程話す。

40 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:27:29.09 ID:IbJiY1VX0.net

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

24 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:20:04.11 ID:IbJiY1VX0.net

>>18
山月記のどこにルサンチマン的要素があるんや?

30 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:23:06 ID:WeiOiYIh0.net

毎日誰がやってんねんこれ

75 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:56:50.54 ID:JLe8kTxS0.net

>>73
はえ〜サンガツじゃあ15,000くらいなんやね

63 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:45:02.23 ID:1xFfqMzt0.net

気が引き締まる定期

22 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:19:30.87 ID:IbJiY1VX0.net

 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷

77 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:58:27.98 ID:IbJiY1VX0.net

 二三日前にもこんなことがあつた。

或る文字を引かうとして英和辭典をバラヾヽと繰くりながら、偶然開かれたページの Opera といふ文字に目がとまつた時、私は、瞬間ハツと何か明るい華やかな若々しいものが前を過ぎたやうな氣がした。

田舍の暗い田圃道から、土手の上を通つて行く明るい夜汽車の窓々を見送る時に似て、今迄すつかり忘れてゐた華やかな夢の一片が、遠い世界からやつて來てチラリと前を通り過ぎて行つたやうな氣がした。

71 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:51:43.56 ID:IbJiY1VX0.net

他人の祕密を知つてゐることが吉田にとつて此の上なく滿足なやうな話しぶりである。

彼の話によると、彼は今日、主任のNと何か口論したらしく、又別に、體操科の教師とも渡り合つたらしい。 

之は何でも先月行おこなはれた運動會のプログラムの進行に關して、吉田と體操の教師達との間に、當時、意見の衝突があり、それが未だこじれてゐるものの由である。

吉田といふ男は、事務に追はれてゐないと、胃酸過多の胃が、消化すべきものを有もたない時の状態みたいになつて、とかく他人ひととの間に摩擦を起すやうだ。

 一時間ばかり彼の話を聞いてから、餘り愉快ではない氣持になつて、蠅の詰まつたマッチ箱を持つて歸る。

33 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:25:42.48 ID:IbJiY1VX0.net

己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。
山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。

恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

3 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:10:16 ID:1Mfvi5FC0.net

死ぬまでコピペしてろや

3 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:10:16 ID:1Mfvi5FC0.net

死ぬまでコピペしてろや

49 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:34:31.04 ID:IbJiY1VX0.net

 博物教室から職員室へ引揚げて來る時、途中の廊下で背後[うしろ]から「先生」と呼びとめられた。

 振返ると、生徒の一人――顏は確かに知つてゐるが、名前が咄嗟には浮かんで來ない――が私の前に來て、何かよく聞きとれないことを言ひながら、五寸角位の・蓋の無い・菓子箱樣やうのものを差出した。

箱の中には綿が敷かれ、其の上に青黒い蜥蜴のやうな妙な形のものが載つてゐる。

「何? え? カメレオン? え? カメレオンぢやないか。生きてるの?」

 思ひ掛けないものの出現に面喰つて、私が矢繼早やに聞くと、生徒は「ええ」と頷いて、顏を赭らめながら説明した。親戚の船員のものがカイロか何處かで貰つて來たのだが、珍しいものだから學校へ持つて行つてはと云ふので、博物の教師である私の所へ持つて來たのだといふ。

「ほう、そりや、どうも」有難うとも言はないで、私は其の箱を受取り、龍に似た小さな怪物を眺めた。蜥蜴よりもずつと立體的な感じで、頭が大きく、尾が長く捲き、寒さで元氣が無いらしいが、それでも、眞蒼な前肢で、しかつめらしく綿を踏まへてゐる。

 生徒は私にカメレオンを渡して了ふと、それ以上私の前に立つてゐるのを羞しがるやうに、ぴよこんと頭を下げてから行つて了つた。

11 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:12:44.33 ID:WopKkXRa0.net

うんちしときますね💩

79 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:59:13.96 ID:IbJiY1VX0.net

私がまだ學生の頃、當時は映畫館でなかつた帝劇に、毎年三月頃になると、ロシヤとイタリイから歌劇團が來演した。

カルメンやリゴレットやラ・ボエームやボリス・ゴドノフなど、私は金錢[かね]の許す限り其等を見に行つた。

明るい照明の中で、女優達の豐かな肩や白い腕に生毛が光り、金髮が搖れ、頬が紅潮し、肉感的な若々しい聲が快く顫へて、私を醉はせた。

偶然目にした Opera といふ、たつた五字が、失はれた・遠い・華やかな世界のかぐはしい空氣をちらと匂はせ、しばし私を混亂させた。所要の文字を探すことも忘れて、私は Opera といふ字を見詰めたまゝ、ぼんやりしてゐた。

50 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:34:55 ID:JLe8kTxS0.net

連続やん

9 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:11:54.54 ID:IbJiY1VX0.net

 翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿つた。
次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。

2 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:09:28.77 ID:IbJiY1VX0.net

山月記 中島敦

21 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:18:46.26 ID:IbJiY1VX0.net

 袁傪は部下に命じ、筆を執つて叢中の聲に隨つて書きとらせた。李徴の聲は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一讀して作者の才の非凡を思はせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次の樣に感じてゐた。成程、作者の素質が第一流に屬するものであることは疑ひない。しかし、この儘では、第一流の作品となるのには、何處か(非常に微妙な點に於て)缺ける所があるのではないか、と。

 舊詩を吐き終つた李徴の聲は、突然調子を變へ、自らを嘲るが如くに言つた。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己れは、己れの詩集が長安風流人士の机の上に置かれてゐる樣を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たはつて見る夢にだよ。嗤つて呉れ。詩人に成りそこなつて虎になつた哀れな男を。

(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いてゐた。)

さうだ。お笑ひ草ついでに、今の懷を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きてゐるしるしに。

4 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:10:16 ID:IbJiY1VX0.net

 隴西の李徴は博學才穎[えい]、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。
いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。

29 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:22:37.64 ID:IbJiY1VX0.net

己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。

かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。

己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

78 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:59:04.96 ID:eZcPBoPF0.net

ワイは猫や🐈

31 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:24:01.71 ID:IbJiY1VX0.net

人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。己れの場合、この尊大な羞恥心が猛獸だつた。虎だつたのだ。之が己を損ひ、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形を斯くの如く、内心にふさはしいものに變へて了つたのだ。

今思へば、全く、己れは、己れの有つてゐた僅かばかりの才能を空費して了つた譯だ。
人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事實は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭ふ怠惰とが己れの凡てだつたのだ。

己れよりも遙かに乏しい才能でありながら、それを專一に磨いたがために、堂々たる詩家となつた者が幾らでもゐるのだ。虎と成り果てた今、己れは漸くそれに氣が付いた。それを思ふと、己れは今も胸を灼かれるやうな悔を感じる。

26 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:20:48.67 ID:z9RFA2vy0.net

眼光のみ徒らに烱々とするとこしか覚えてない

65 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:46:17.09 ID:IbJiY1VX0.net

生徒等も通行人達も呆氣にとられて立止り、彼の猛烈な勢に見とれてゐた。吉田は蜜柑を手に持ちポケットにも入れ、「みんなボヤーツと見とつちや駄目やないか」と生徒等に叱言を言ひながら、又登つて來た。

彼の顏が赧くなつてゐたのは、單に走つたからなのであつて、決して、彼がてれてゐたためではない。正に、この男こそ、私の、以て模範とすべき人物だと其の時、私はしみゞゝ思つた。此の男は何時も、人間は――或ひは、生物は――斯く生くべし、と、私に教へて呉れるのだ。

高等小學生的人物と彼を評した者がゐる。小學校の高等科の生徒といふものは中學生のやうな小生意氣さが無く、實に良く働いて、中學生などよりどれ程役に立つか判らないといふのである。影の薄い大學生よりも、溌剌たる高等小學生の方が遙かに立派だと、私も思ふ。

46 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:31:08.02 ID:Xo1n/BnE0.net

まワ晒

37 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:26:41 ID:IbJiY1VX0.net

 さうして、附加へて言ふことに、袁傪が嶺南からの歸途には決して此の途を通らないで欲しい、其の時には自分が醉つてゐて故人を認めずに襲ひかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上つたら、此方を振りかへつて見て貰ひ度い。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇らうとしてではない。我が醜惡な姿を示して、以て、再び此處を過ぎて自分に會はうとの氣持を君に起させない爲であると。

51 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:36:35.65 ID:IbJiY1VX0.net

 職員室へ持つて行つてから、始めて、飼育の困難に氣がついた。學校には温室がない。取敢へず火鉢の側の鉢植の朴の木の枝にとまらせた。はじめはジツと動かなかつたが、その中[うち]に、傍の火の温かみで元氣が出たと見え、少しづつ動き出した。

眼窩はかなり大きいのだが、眼玉が外を覗く孔は極めて小さく、その小さな孔をぐるゝゝ方々に向けて廻しながら、その奧から見慣れぬ風景を探つてゐるらしい。

朴の枝から葉の方へと匍ひ出しては身體の重みで滑りさうになり、葉の縁を趾指[あしゆび]で掴んで支へようとするが、到頭落ちてしまふ。何度も鉢の土だの床だのの上に落ちた。

落ちる度に、自分の失策を嘲笑わらはれて腹を立てた子供のやうに眞劍な顏付で起上つて、(背中に立つてゐる裝飾風なギザヽヽが、ものゝゝしい眞面目な外觀を與へてゐる)めくらめつぽふに歩き出す。

66 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:47:05.37 ID:IbJiY1VX0.net

 話をしながら、吉田は、内ポケットから一枚の紙を取出して私の前に擴げた。私がそれを見せられるのは今日で二度目である。

それは此の學校の全職員の俸給表で(私立學校で、職員録に明示されない)彼が何處からか聞き出して丹念に書竝べたものだ。なほ、前年度のボーナスの推定額迄、書入れてある。彼はかういふ事を探り出すことが實に上手で、又それを自みづから得意としてゐる。

自分と交際のある凡ての人間に就いて、彼は、一々興信所的な方法で身許調査を行つてゐるもののやうだ。殊に自分が反感をもつ人間に對しては、執拗な程徹底的に調べ上げて、彼等の疵を探し出すのである。

この俸給表の中、彼よりも不當にも俸給の多い教師の名前の横には、赤鉛筆で棒が引いてある。彼はそれを誰彼に示しては、關西辯で縷々として不平を陳べるのである。

39 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:27:10 ID:IbJiY1VX0.net

 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

81 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 06:01:45.56 ID:IbJiY1VX0.net

 囘顧的になるのは身體が衰弱してゐるからだらうと人はいふ。自分もさうは思ふ。しかし何といつても、現在身を打込める仕事を(或ひは、生活を)有もつてゐないことが一番大きな原因に違ひない。

73 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:55:45 ID:IbJiY1VX0.net

>>69
ググったら当時の日雇いで2円ちょい稼げるらしいわ

76 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:57:18.68 ID:IbJiY1VX0.net

 青春への郷愁に胸を灼かれるやうな思ひをしながら、私は部屋に歸つて來た。本棚や本箱をひつくり返して、まだ殘つてゐる筈の・昔使つた「詩と眞實[デイヒトゥング・ウント・ワアルハイト]」を探して見たが、見付からなかつた。

取散らかされた書物の間で、暫くは、若さへの愛惜と、友情への飢渇とに、ぢつとしてはゐられないやうな・遣瀬ないとでもいふより言ひやうのない氣持であつた。

32 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:24:26.52 ID:IbJiY1VX0.net

己れには最早人間としての生活は出來ない。たとへ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作つたにした所で、どういふ手段で發表できよう。まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。

どうすればいいのだ。己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。

54 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:38:53.00 ID:wZr+XX+w0.net

なにそれ?

53 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:38:35.77 ID:IbJiY1VX0.net

 其の夜、私は部屋の小型ストーヴに何時もより多量の石炭を入れた。此の間死んだ鸚鵡の丸籠を下して、その中に綿を敷き、そこへカメレオンを入れた。水を飮むものかどうか知らないが、兎に角、鳥の水入も中に置いてやつた。

 滑稽なことに、私は少からず悦ばされ、興奮させられてゐた。寒さなどのためにやがては死なせねばなるまいとの考へだけが私を暗くした。

どうせ永く持たないのなら、學校で飼はないで、自分の處へ置き度いと思つた。動物園へ寄贈すれば、とも思つたが、何かしら手離すのが惜しい。まるで私個人が貰つたものであるかのやうに、私は感じてゐるのであつた。

74 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:56:38.80 ID:IbJiY1VX0.net

 かなり冷えるけれども、風の無い靜かな晩であつた。

三つの惑星を見上げながら、私は、「詩と眞實[デイヒトゥング・ウント・ワアルハイト]」の冒頭を思ひ出してゐた。

其處には、この詩人が誕生した日の・瑞象に充ちた星座の配置が、自己の偉大さへの自信に溢れた筆つきで記されてゐる。高等學校の理科三年の時、第二外國語の教科書として此の書物が使はれ、この冒頭の所の譯讀が私にあたつたので、はつきり覺えてゐるのである。

急に、教科書に使つた其の本の緑色の表紙、それを金色で拔いた標題の文字、それを始めて手にした時の印刷インクの匂など、又、獨乙語の教師の風貌や、その聲つき、それから當時の級友達のこと迄が鮮かに頭に浮かんで來た。

60 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:42:29 ID:JLe8kTxS0.net

おもしろいンゴねぇ😇

57 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:40:52.56 ID:IbJiY1VX0.net

>>55
『南島譚』って連作短編の『夫婦』

38 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:26:59 ID:IbJiY1VX0.net

>>30
毎日やってない定期

35 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:26:20.00 ID:2VHRPJOf0.net

ほーん

80 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 06:00:55 ID:IbJiY1VX0.net

>>75
「1万5000円やで?たった。それでも今よりは、まあ良いけど。」

しっくりくるの草

6 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:10:42.98 ID:vsG+salJ0.net

神定期

25 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:20:43.76 ID:IbJiY1VX0.net

 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。
勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

10 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:12:19.78 ID:IbJiY1VX0.net

叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

19 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:15:41 ID:IbJiY1VX0.net

今少し經てば、己れの中の人間の心は、獸としての習慣の中にすつかり埋れて消えて了ふだらう。恰度、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋沒するやうに。

さうすれば、しまひに己れは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂ひ廻り、今日の樣に途で君と出會つても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだらう。

一體、獸でも人間でも、もとは何か他のものだつたんだらう。
初めはそれを憶えてゐたが、次第に忘れて了ひ、初めから今の形のものだつたと思ひ込んでゐるのではないか? 

いや、そんな事はどうでもいい。己れの中の人間の心がすつかり消えて了へば、恐らく、その方が、己れはしあはせになれるだらう。だのに、己れの中の人間は、その事を、此の上なく恐しく感じてゐるのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思つてゐるだらう! 己れが人間だつた記憶のなくなることを。

この氣持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成つた者でなければ。所で、さうだ。己れがすつかり人間でなくなつて了ふ前に、一つ頼んで置き度いことがある。

13 :風吹けば名無し:2020/01/10(金) 05:13:07 ID:IbJiY1VX0.net

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。