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「幸せに出来なくてごめんなさい」
どれだけ長く働いても給料が増えない──。そんな悩みをもっている人は少なくない。住宅リフォームの営業マンだった後藤真司さん(仮名・当時48)は、
2011年1月、埼玉県内の自宅で自ら命を絶った。「85時間分の残業代を基本給に含む」という厳しい条件のもとで、長時間労働を行っていた。
〈初めてメールいたします。本日の記事を読ませていただき、2年前に自殺した主人を思い出しました〉
わたしがこんなメールをもらったのは、2013年2月の朝だった。そのころ、新聞に過労自死をテーマにした連載を書いていた。システムエンジニア、自動販売機に飲料を運ぶドライバー、
役所の納税課職員……。働きすぎで自ら命を絶った人びとのことを書いていた。読者からの手紙やメールはどれも大切に目を通しているが、
埼玉県の後藤夏美さん(仮名)から届いたこのメールは、ひときわ印象深かった。わたしはすぐに返信し、会う約束をとりつけて後藤さんの自宅に向かった。
埼玉県東部の川沿いにたつ5階建てのマンションに、後藤さん一家は住んでいた。玄関を入ると長男と長女の部屋がそれぞれ一つ。廊下を進んだ先に、居間と、以前は夫婦で使っていた畳敷きの寝室があった。
6畳ほどの寝室には仏壇があり、真司さんの遺影がかざられていた。30代半ばのころ、家族でキャンプに行ったときのものだという。がっちりした体格で太い眉のりりしい男性が、
白いポロシャツを着て快活に笑っていた。「このころが一番幸せだったはず」と、夏美さんが選んだ一枚だった。
遺影のとなりにはどら焼きやまんじゅうが供えられていた。
「主人は甘い物に目がなかったので……」と、夏美さんが少し照れながら話してくれた。
真司さんとの別れは突然おとずれた。2011年1月13日、朝6時10分に目をさました夏美さんは、となりで布団にくるまる娘を起こさないように、そっと部屋を出た。
そのころ夏美さんは高校生の娘の部屋で寝るのが常になっていた。早朝4時台に起きて寝室で仕事をはじめる真司さんを気づかってのことだった。
真司さんはもう起きているはずなのに、寝室からは物音一つしない。いやな予感がした。
「おはよう……」
小さく声をかけながら寝室のふすまを開けた瞬間、全身が凍りついた。仕事机にしていたコタツの横に真司さんが倒れていた。すでに体は冷たく、
手遅れであることは察しがついたが、119番に電話をかけた。娘と大学生の長男を起こし、「絶対に部屋から出てはダメ」と伝えた。自分が目にした光景を、子どもたちに見せてはいけないと思った。
寝室に戻って改めて部屋を見回すと、机の上にA4サイズの白い紙が置いてあった。角張った字が間隔をそろえてきれいに並んでいた。見慣れた夫の筆跡だった。
〈幸せに出来なくてごめんなさい〉
〈すてきな人を見つけて再婚して下さい。ゴメンネ〉
夏美さんは、倒れている夫のそばに立ち尽くすしかなかったhttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190927-00023333-gonline-bus_all&p=1
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